2002年01月15日

【001】落語との出会い(鈴木康秋)

image1.gifポパイ、ポパイ、ポパイ、ポパイ、と早口に続けて声に出してみる。
ポパイはパイポになるのだ。しかもパイポ、パイポ、パイポと続けばこれはもう、落語の寿限無、寿限無の中に出てくる名前の一つになる。パイポ、パイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイとなる。
 中学2年生のころラジオではなくナマでこの落語を聞いていたのである。
しかもそれは寄席ではなく教室であった。高座はもちろん先生の講壇の机の上である。
ラッキョの内田君はチョコンと座った。あまり体は大きくないので見上げるほどではない。
 私も口のほうは達者だったが彼の語りは正に落語家のようにみえた。といっても未だ本物の落語家も見たことがないのだが、繰り返し寿限無、寿限無と話している様子で、教室は笑い声で大いに沸き上がった。つまり彼が視線をもって二人の人間を演じていたのだ。
 そうだ彼の家は上野の両大師橋東詰の下で昭和通りに面した雑貨物の卸屋であった。
きっと鈴本演芸場も近く、いつの間にか習いおぼえたのかもしれない。
 私の育った頃はテレビではなくラジオ全盛の時代である。落語のみならず浪曲、講談、歌番組、すべての野球や劇場中継もである。戦時中の疎開を除いて生まれてこの方ずうっと浅草や下町で育ったせいか、落語の世界が自分の身の回りと共通のものに思えて、よくラジオに耳をつけて聞いたものである。柳家金五桜、春風亭柳橋、etc.
 昭和33年頃、私は新宿の柏木にあった東洋宣教会東京聖書学院に学んでいた。2年生になりドミトリー(寮)の私の部屋に石井君という新入生が来ることになった。年下の彼は本当に真面目で無口で、遠慮深く、あまり笑わなかった。私はこのくそ真面目が、たまらなかった。そこで一計を案じ石井君に言った。落語を聞いたことある!ありません。である。そこでこれから落語をやりますと言ってしまった。要するに彼を笑わせてやろうとゆうことになった。何をしゃべったか良く覚えていない。自作自演ののぶっつけ本番である。
水洗便所の中の様子を一生懸命に話していたら、突然彼が大きな声で笑い出したのである。オチなんてものではないが、話が便所の中と言うことで落ちたらしい。
打ち解けた後、彼とのドミトリー生活は何やかにやで過ぎていった。
 その彼は今も札幌で教会の牧師をしている。一度訪問したことがあったが相変わらずあまり笑わないコチコチの雪ダルマである。
 酒も百薬の長とやら言うが、いまや笑いも百薬の長である。口を開けて大笑いすることで、体内の免疫力を高める。ものの本によればキラー細胞が笑いにより増殖し、免疫力を高めるそうである。歩いたり、走ったり、運動などで体の健康を保つことも大事だが、ここ大和田宿に丸花亭なる寄席ができたからには、ひとつ落語を聴いて内側から大いに元気になりたいものである。
 この落語会が始まったころ、大きな寄席でやっているものが落語であると思っていた。しかし席亭の花嶋一彦さんや世話役、コーディネーターの小澤西遊さんの話を聞くうちにテレビ時代に作られた縮小版の落語でなく、小さな会場や当寄席のように落語家さんの汗や唾が飛んでくる、客と噺家がやり取りできる、これこそ本当の寄席落語であると教えられた。
 今新しい落語と出会った。私はこの出会いを大切にしてゆくつもりである。

    平成14年1月15日
posted by ひろば at 00:25| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ
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