2002年01月27日

【003】私の落語の愉しみ方(鈴木和雄)

image4.gif小学生の頃、父親に連れられて人形町の末広亭に行き、柳枝師匠の落語を聞いた記憶がある。それ以来、時々ラジオで落語を聞き、その面白さに魅かれて今日に至っているわけだが、最近は特にその噺の奥深さに益々引き入れられる思いである。

 寄席に行って演者の噺を聞いたり見たりするのは、とても楽しい事であるが、そうそうあちこちの寄席や落語会にいってはいられない。そこでテープレコーダーでラジオから録音したり既成の録音テープを求めたりして落語を楽しむ手だてとしている。

 今はビデオがあり、テレビの放送をビデオテープに撮って見ることにより、演者の所作が目で見えるので噺を聞きながら形を見て笑うこともできるが、オーディオテープやCDでは演者の話だけで、その振りが見えないことになる。

しかし、落語の殆どは話だけで笑ったり泣いたりすることができるが、いわゆる所作が噺の中心になる「唖の釣り」や「本能寺」、助六が得意とした「虱茶屋」の様なものは全く録音して聞くには適していない。

一度でも寄席などでこれらの噺を聞いたことがあればテープでも観客の笑い声で見た時の情景を思い出し一緒に笑えるのだが、そうでないとテープやCDはお手上げとなる。こういうのは、やはりビデオと言うことになるのだろうが、しかし、落語はやはり実際に演者を目の前にして話と所作を聞いて見るのが一番楽しいものです。そうゆう意味からも身近に落語に親しめる大和田落語会があって、実物の師匠や若い落語家さんに会うことができて、噺を聞けるのはとても楽しいことです。

平成14年1月27日
posted by ひろば at 00:32| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ
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