2002年09月01日

【010】古くて新しい噺(鈴木和雄)

 円生さんの「薬罐」のまくらに、ある人が「近頃アイエルオーと言うのをよく聞くが『アイエルオー』って何だい」と質問すると、知ったかぶりの御仁が暫く考えた末、「それは『印度の王様』のことだと答えて観客と共に円生さんも笑っているシーンがある。今は「ILO」と言ったって、あまり関心をもつ人はいないが、この噺が演じられた当時は労働運動が盛んな頃だったので、聴く人達を笑わせたのであろう。


 この様に噺に現代性を持たせることで落語そのものを私たちは身近に感じるし、また演者の時勢を見る目に感銘を受けて、より親しみを感じるのだと思う。


 「掛け取り」という噺がある。今まで古典的な落語として聞いてきたものは、年末の大晦日に掛け取りに来た男が、円生さんの場合は狂歌が好きだとか、浄瑠璃が好きだとか喧嘩が得意だとかで、それに合わせて借金を払うほうが、借金の言い訳のせりふを工夫して何とかして撃退すべく苦労している。円生さんはさすが常磐津、浄瑠璃のお得意振り発揮して、所々に唄を入れたり、喧嘩の時は脅しを入れたりして客席を沸かしている。


 しかし、最近聞いた都んぼさんの「掛け取り」は落語好きの掛け取り男が来たのに合わせ、借金の言い訳のせりふに、いろいろ落語の演者の亭号を入れたり、大師匠達の名前を当てはめて構成している。一寸無理な言い回しがあるが、新しい風を入れているなあと感じる。

 
 例えば、男「今年も言い訳笑福亭(しようてい)つもりか、あんたの借金は昨日、今日始まった林家(はなしや)ないねん、古今亭(ここんとこ)ずーっと貯たんねん、明日の小朝(あさ)が来たら正月や、なんとか年越さんうちにと思うて小南して(こないして)来たのや」云々・・・これに対して払うほうは「お腹立川(だち)はごもっともですが三遊亭(そうゆうても)わてらかて、この一年家で五郎五郎(ごろごろ)していたわけではありません。八方(はっぽう)手をつくしていろいろと金馬り(きばり)ましたが」云々・・・と纏めています。「掛け取り」という古典の噺の枠組みの中で、よくこう新しい話し方を考えたものだと関心いたしました。また、「運(ん)の字廻し」と言う噺も大した筋がある噺でなく、田楽の串を「運(ん)」という字を付けた言葉をどのくらい言えるかを競う噺で、全く何を言ってもよいと言う発想に任せた噺で何が出てくるか聴くほうはわからない。しかも、単に「ん」が付けさえすれば良いというので何の事を言っているのかさっぱりという例もあります。
 若い演者さんがよくやる噺で、例えば、かん平さんは、始めはおとなしく「とうがん、だいこん、にんじん」とやっているが、その内麻雀好きらしく「めんたんぴん、三色ばんばん」とやっている。


 一方南八さんは「りんご、みかん」と話す内、「日本橋、銀座、新橋、電車140円」といく。こちらは少し込み入った噺となり「せん年、しんぜん院の門前、玄関番人間、半面半身、金看板、銀看板、金看板こんこん万金丹、銀看板ごんごん反魂丹」云々と続いている。聴いていると何を言っているのやら解説がないと判らない。この辺は新作なのか旧作なのか、面食らう所である。


 正朝さんになると「前科三犯、ワンタン麺てなんだんねん、新婚さん新幹線三番線」と「ん」の字を付けさえすれば、よしとばかりに手当たり次第に並べて、さあーと高座を下りている。


 その内、志雲さんが来て「ん」まわしは、かくも面白く展開するものなのかと感心させられる。「れんこん、にんじん」とやっている内はいいが、やがて「パンシロンでパンパンパン、三十代でグロンサン」とコマーシャルが出てきて、果ては映画の題名や人名、芸名でなぎ倒す。「ゼンジー北京は日本人、チョーヨンピルは韓国人、衣笠幸夫は・・・」と言いたい放題だ。後は政治家批判、TV番組批判、そして、終わってから楽屋に帰れなくなるのを心配しながら、落語界のことで「ん」をつけて言い放題だ。最後によくもこれだけ「ン」のつく薬物の名前を入れたなと感心するくらい。即ち「コカイン、ヘロイン、コーデイン、シンナー、トルエン、アンヘタミン、アヘン、ヒロポン・・・」等、全部で13品の薬物を並べている。その努力のほどに感心する。こうなると「運(ん)の字廻し」と言う古典の噺の枠で新しい噺を作っていこうとする演者の勉強の成果に大きな拍手を送りたいと思うのである。


 落語はまさしく新しい風と新しい波に大きく動かされようとしている。
昔の寄席で落語通の人達が横になりながら聴いていた時代から、今は若い人達を含めたオールラウンドの世代の心を捉える噺が必要である。枝雀さんや文珍さんがやった落語の英語も外国人の心を捉えるかも知れない。野球の長島さんじゃないが「落語は永久に不滅です。人間の心が笑いによって癒される社会が在る限り、古典でも新作でも人にとってとって必要なものなのです。若い噺家の皆さん宜しくお願いします。

平成14年9月

posted by ひろば at 14:47| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ
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