2002年10月01日

【012】噺の別題(鈴木和雄)

 落語のお好きな皆さんはよく寄席に行くでしょう。そこで演者がなにを演じるかは事前には判りませんね。出演者の名前はプログラムに出ているから判りますが、次に誰が演じてくれるのかは代演者という場合もあり「めくり」を見るまで判らない。そしてラジオやテレビの放送では演者の紹介と共に「演題」も言って呉れますから了解してますが、寄席や当会の落語会でもまくらを聴いてから本題に入った時に初めて今日はこれをやるのかと、やっと判る始末です。


 噺にはそもそも題が決められていることは先刻ご承知の通りです。それが無いと楽屋で「ネタ帳」なるものに演じた噺の題名を記入出来ません。このネタ帳を後の出演者が見て前の人とダブらないように噺を進めることが出来るそうです。


 さて、その演題ですが私たちには時々題名だけで噺を聴くと、何か別の機会に聴いた内容と同じだなと思うことがありませんか。殊に上方の噺を聴くとき、東京のそれと同じように思うことがあります。上方噺の「延陽伯」というのは東京に持って来て「垂乳根」となったそうです。この場合「延陽伯」は「垂乳根」の別題になっているのでしょうか。それから昔と今の題名が違うのがあるそうです。NHKの「名人寄席」で先日亡くなった小さんさんの追悼番組の「粗忽の釘」が有りましたが、その時、解説の玉置さんが昔、大正時代は「我忘れ」と言う題で演じられていて、昭和になってから「粗忽の釘」になったと言っておりました。また、同じ追悼番組で「宿屋の仇討」が放送されましたが、これも上方では「宿屋仇」との噺で、また演者によっても異なり、志ん生さんは「庚申待」と言う演題だったそうです。


 私たちに馴染みのある「錦の袈裟」も関東大震災以前は噺の中に出てくる与太郎が前につるした袈裟輪のことをお茶屋の人達が「ちん輪」と言って居ましたが、それがそのまま題名になっていたと言います。
 「初音の鼓」と言う噺も円生さんは「継信」と言う演題でやっていたそうですが、あまり聴いた事がありません。


 この様にみますと落語の別題と言うのは、沢山ありそうで事実「東大落語研究会」編(青蛙房)の落語全集を見ますと、そんな別題を付した噺が沢山記載されています。大体古典落語と言われる噺のうち、約半分が別題を付けられているように思われます。


例えば
  金明竹 ・・・ 長口上
  寿限無 ・・・ 長名の倅
  千早振る ・・・ 龍田川、百人一首
  茶の湯 ・・・ 素人茶道
  花見の仇討ち ・・・ 八笑人、桜の宮
  寝床 ・・・ 寝床浄瑠璃、素人義太夫
  湯屋番 ・・・ 桜風呂
  お見立て ・・・ 墓違い
  付き馬 ・・・ 早桶屋
  薮入り ・・・ 鼠の懸賞
  お血脈 ・・・ 善光寺骨寄せ
  堀の内 ・・・ あわて者
  死神 ・・・ 誉れの幇間
  野ざらし ・・・ 骨釣り、手向けの酒
  四段目 ・・・ 蔵丁稚
  万金丹 ・・・ 鳥屋坊主、戒名万金丹
  反対車 ・・・ いらち車
  山号寺号 ・・・ 恵方詣り
  干物箱 ・・・ 大原女、吹替息子
  なめる ・・・ 重ね菊
  鶴満寺 ・・・ 小町桜
  権助芝居 ・・・ 一分茶屋
  つるつる ・・・ 粗忽の幇間
  手水廻し ・・・ 貝野村
  桑名舟 ・・・ ふかの魅入れ
  三人無筆 ・・・ 向こう付け
  真田小僧 ・・・ 六文銭
  夢金 ・・・ 欲の熊蔵、因業
  もう半分 ・・・ 五勺酒
  小間物屋政談 ・・・ 万両婿
等々多々あります。


 噺そのものが上方噺を基としているものは今でも関西では上方噺の題名で演じられており、「骨釣り」の噺などは米朝さんが演じている話の中で「東京の『野ざらし』の方がスマートですな」と言っています。「蔵丁稚」「高津の富」も関西の噺家さんはそのまま演じていますし、亡くなった小南さんも「貝野村」と言う題で「手水廻し」を演じているのを聴いた事があります。


 最近の別題になっている噺に「短命」があります。美人の女房を持った男三人が次から次と精力旺盛な女房に自分の精気を抜かれて早死にしていくので「短命」と付けられた噺ですが、この頃は題名が縁起が悪いと言うので、この噺の最後で主人公が自分の女房の顔を見て「ああ俺は長命だ」と言うせりふがあり、おめでたい「長命」に変わっているようです。

 要するに噺の題名はTPOによりその時(時代)、その場所、その人により変えられており、今私たちが聴いている噺も、何時かは別の演題になっていくのかも知れませんね。

平成14年10月

posted by ひろば at 14:56| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ
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