2002年11月10日

【020】噺に出て来る名品(鈴木和雄)

 落語は一寸その道の知識が無いと、噺を聴いていても、すれ違いで終わってしまう事がある。例えば、金馬さんの演じる「茶の湯」。ご本人は「私はよく存じませんが」と謙遜して言っているが、どうして茶道のことはよく精通していたようである。道具の話でも、座敷ざさらとか、おうす、かま、ふきんとそれなりの名を付けているが、これは茶道の素養が無いと、笑いが涌いて来ないであろう。聴く観客の方も「茶筅」のことを「座敷ざさら」と言っているなとか、「袱紗」の事を「絹の布巾」と言っているなと、反応があるから可笑しくなる。

 同じく金馬さんの「金明竹」。私は「落語ハンドブック 山本進編」の本で文字で見るまで「ゆうじょ、こうじょ、そおじょ」の三所物を「遊女、宗女、考女」の絵の事だと思っていた。本を見たら「祐乗、宗乗、光乗」の三人の有名な目貫師の事だった。その他「鉄刀木」(たがやさん)とか「のんこの茶碗」と出てくる。前者は、質の堅い銘木のこと、後者は、江戸前期の楽焼きの名工道入の事だそうである。「古池や蛙」の掛け物を描いた風羅坊というのは、松尾芭蕉の別号だと判った。いずれも演じる噺家さんは、意味が判らないでは噺が出来ないから、よく勉強しているだろうが、聴く私たちは、全体のリズミカルな話の調子に乗せられて、何だか判らず笑いのうちに終わると言う事になる。これなんかも、聴く側が意味が判れば、もっと面白く聴けるであろう。

 噺には、よく骨董品が登場する。志ん生さんや、志ん朝さんの演じた「火焔太鼓」。本来は、雅楽に使われる大きな太鼓だそうで、雅楽を見ると、よく後ろに並べられている。しかし、落語に出てくる火焔太鼓は小型なもので、古道具屋が背中に背負っていけるくらいなもので、お寺や神社で使われていたものではないかと言う。そんな太鼓の音を、通りすがりの殿様がお駕籠の中で聴いて、名器だとして三百金も出して買う程のものだったのだろうか。志ん朝さんの名演の「井戸の茶碗」も、噺の終わりの方でやっと出てくる古茶碗であるが、現今の「古茶道具事典-雄山閣」を見ると、ちゃんと説明が載っている。曰く『朝鮮茶碗の一種で、高麗茶碗の王とされる。どうして「井戸」と言うかというと三説あり、井戸と言う殿様(対馬守、若狭守)と井戸三十郎が朝鮮から持ち帰り、秀吉に献上したものだと言う。「喜左衛門井戸」というのは、国宝にもなっている』と述べられている。また「猫の茶碗(皿)」に出てくる「絵高麗」。これも、前出の事典では『高麗という字が出ているが、本来は中国北方の窯で作られたもので、日用雑器として焼かれたもので、器の様子なども細かく説明されているが、日本でも、京焼きで高麗写しが作られたと言う。特に噺に出てくる「梅鉢手茶碗」は、梅鉢と呼ばれる花紋を白い化粧の茶碗の面に散らしたものであると言う。』

 いずれにしても、少しは古い道具の知識が無いと、いずれの噺を聴いても感心も得心も出来ない。その位落語というものは、高遠なものである。それであるから、話す方も聴く方も心して演じ、また聴かねばならいのだろう。

 そして、これからは私の勝手な想像であるが、どうして「井戸の茶碗」の浪人や茶店の亭主が、こんな名器を持っていたのかを想像すると、彼らの先祖は昔、秀吉が朝鮮出兵をした頃の武家で、その時に日本に帰って来るときに、これらの品を持ち帰り家に伝えたが、その後に徳川幕府の為に主家が取り潰され、浪人したり、町人になったりして、所謂名品を抱えて生活していたものが伝わったのではないだろうか。

平成14年11月10日
posted by ひろば at 15:07| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ
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