2003年02月01日

【024】もう一言欲しかった(鈴木和雄)

 毎年の恒例となっている、相撲の国にある大山にお参りする講中が今年も行われようとする総勢十八人(二十、三十もある。)が、朝まだ暗い七つ時(四時)に向かう両国(本所)での水ごり修行を終えて信心二分、藤沢での女郎買いという楽しみを胸に秘めた遊び心八分でお山に向かう。しかし、連中にとって旅立つ前に一番気が重いのは、暴れん坊の熊さんをどう抑え込んでおこうか、と言うことだった。この為、いろいろな演者が、工夫して出発するまでの噺を演出している。

 円生さんの場合は、講中の人達が、皆で自主的に事前に先達さんに迷惑をかけないように「酒を飲んでぶうぶう言う奴から二分を取り、暴れた奴は坊主にする」という決めしきを作った。ここでは先達さんは、旅のプランを作りそれに基づいて、水ごりなどの修行の実施など講中の人達の指揮をして旅立つが、熊さんについては、あまり云々していない。

 ところが志ん生さん、志ん朝さんや扇橋さんになると、先達さんは完全に熊さんを排除しようとして、熊さんを呼び出して、頼み事として「男手が山に行ってしまうと、残るのは女ばかりとなり、不用心で家を覗きこまれたり、下駄を持って行かれたりするので、女達から頼りになる人を残してくれと言われている。そこで、熊さんはおっかない面構えだから残ってくれ」と要請する。しかし、熊さんは言うことを聞かず、そんな留守番みたいなのは嫌だと、執拗にお山へ連れて行ってくれと頼む。先達さんは、致し方なく本音を言ってしまう。「実は女が言っていると言うのは嘘で、私がお前に行ってもらいたくないのだ。お前は行けば必ず喧嘩をする。しかも、何時も相手変わって主変わらずで、お前が騒ぎの主人公だからだ。お前が行くなら今年は行かないと言う人もいる」と言うと、熊さんは怒って、誰が一緒に行くのは嫌だと言っているんだと脅かしたり、毎年叩いている床板を今年も叩いている。そして、今年は酒を飲んでも喧嘩はしないからと約束をし、大山行きを哀願する。先達さんはそこで決めしきを作る。この決めしきは円生さんのそれとほぼ同じで、先達さんは積極的に熊さんだけでなく、一行の人達の行動を抑え込んで、江戸を発つことになる。

 小三治さんの場合は、もう少し積極的に先達さんは、熊さんにお前は残れと言っている。去年の騒ぎの発起人を除けようとしている。熊さんは、去年の騒ぎの件は詫びて、今年はおとなしくするから連れて行ってくれと頼む。先達さんはお前は何時もはじめはそう言うが、しかし向こうへ行ってみれば同じで、今年とて騒がないと言う保証はないからと決めしきを作っている。ここでは山で腹を立てたら二分、手を上げたら坊主頭にすると厳しい条件である。

 馬生さん、可楽さん、柳枝さん、小柳枝さんの場合は、あまり先達さんは自分から積極的に抑え込みを図らない。馬生さん、可楽さんは大山に行くには講中を作らなければならないから、その先達を吉兵衛さんに頼みに行くが、吉兵衛さんは、もう山に行くのは嫌だと言う。必ず喧嘩が始まり、その対処に苦労をするのは御免被りたいと言う。そこで、講中が皆で決めしきを作り、吉兵衛さんに見せると、それなら行こうと行ってくれて、無事江戸を発つことができる。

 柳枝さん、小柳枝さんになると、先達さんの態度はもっとエスカレートする。講の連中が、先達となる人に行ってくれるように頼むと、その人は先達になることを嫌がる。どうしてかと問うと、俺は信仰の先達で行くのか、喧嘩の仲裁で行くのか分からないお山参りは嫌だと言う。そして、他の人に頼んでくれと全くけんもほろろだ。講の連中は人がいないから頼むと言うが、それも駄目だ。講では何人か集まり、決めを作って先達となる人に見せに行く。その人は熊さんに見せたかと言い、一番始めに見せた「今年は暴れない、おとなしくする」と言う言質をとったと言うと、先達もやっと引き受けてくれることになり、これから大川の水ごり場に行って山に行く準備ができることになる。

 しかし、お山に出発する前に先達さんを始め講中の連中も、自分のおかみさんに「今年は去年、一昨年と違い、お山はおとなしく行って来ることができる。今までは熊さんが飲んで、何時も喧嘩の種となっていたが、今年はこれこれの決めしきができたので大丈夫、安心して行って来られる」と話さなかったのだろう。殊にあんなに行くのを嫌がっていた先達さんなんかは、おかみさんに自分の変節の理由について、今度は決めしきがあり「暴れた者は二分取り、喧嘩したら髷を切られて、坊主になるんだ」と言う一言を伝えておかなかったのだろうか。大山参りについては、あまり女房に話をしないのが男の仁義だったのだろうか。なんせ信心二分、遊び八分だとどの演者も言っている。お山を終えたら藤沢でという楽しみがあるのだから、あまり女房には言えなかったのだろうか。

 さて、決めしきが効いて、一行は無事に神奈川の宿までたどり着き、明日はいよいよ江戸入りとなった晩に事件が起こり、熊さんは坊主にされてしまう。怒った熊さんは一足先に駕籠で我が家に帰り、一緒に行った連中のかみさんを集めて、大ぼらつきの話をする。それで町のおかみさん連中は、びっくりして入水までしようとするのを、先達さんのおかみさんがおさえて、この熊さんははら熊、ちゃら熊、千三つと言われ、こんな嘘つきの人はいないと、始め冷静に対処したが、熊さんが「俺は確かに、ほら熊、ちゃら熊、だが人の生き死にについては嘘は言わない」と言う言葉に粘られ、さらに坊主頭を見せられて、俄に熊さんの言うことを信じてしまう。そして自ら尼さん様の頭になることを決心してしまう。熊さんはこれ幸いとばかりに、自分のかみさんを除いて、連中のかみさんの頭をくりくり坊主にしてしまう。

 私はこの段で思った。前述したように、もし暴れたら坊主にすると言うことを連中がかみさんに話しておけば、熊さんがどんな嘘の話をして坊主になることを勧めても、それこそ冷静に旅先で喧嘩したので、講中に坊主にされたのだろうと熊さんを笑ってやることができたのに残念だ。「道中おけががなくてよかったね」と亭主達が帰って来る前にかみさん連中で、はやしたてることができたと思う。すごすごと帰って行く熊さんの姿が思いやられる。これは少し残酷ですかね。

 来年は、熊さんはどの面下げて、大山参りの旅に連れて行ってくれと頼むのだろうか。



平成15年2月

posted by ひろば at 06:16| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ
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