2003年06月01日

【028】藪ばかりじゃない金もある(鈴木和雄)

落語に出てくる医者にはピンからキリまである。キリから行けば、昔は今のように学歴がなくとも医者の資格が無くても、本人が医者と名乗れば医者になれた。であるから浪人者でも坊主でも今日にも病人の体を診ることが出来、それこそ医者の体裁をなすことができた。

噺の「死神」に出てくる男は死神から呪文を教えて貰っただけで、早速自分の家の前に木片に「いしや」と書いたものを張り出していたら、直ぐ客が付いて、病人を死神の言う通り見分け、大金を得ることができた。
「覗きの医者」という噺もからくり屋が医者になり、患者である娘のお腹を遠眼鏡で尻から覗いてからくり調で診断するという噺である。

しかし、玄人でも流行らない医者がいたが、これは「藪医者」と言われたという。医術が下手だから客がつかない。その為収入が無く、病に効く高価な薬を買うことが出来ないその為藪の中に入り、草の根や木の皮を採ってきて病人に飲ませたと言う。それで藪医者と言われたという説があるそうな。しかし、更に未熟な医者は「筍医者」といわれたのはご存じのとおり。その上薬が効かないとなると加持祈檮を勧めたという医者がいたようだ。「疝気の虫」の医者のように夢に見た霊感を信じて疝気を病む旦那にそばを勧め、その臭いをかみさんの方に移して疝気の虫を退治するという噺もある。

「藪医者」と演題の噺はいろいろあるようであり、
その1、流行らない医者がいたが患者が来ないので、さくらを使って患者がたくさん来ている振りをする。これにつられて客が一人来るが出てみれば「先月の勘定を貰いに来た」という噺。

その2、患者である子供を死なせてしまい、親から厳重な抗議を受けたので自分の子を引き渡すが、ある時女房が危ないという人が来たが、医者は今度は自分の女房は渡せないと言って診断を断る噺。この噺、金馬さんが「夏の医者」のまくらで話している。

その3、何時来ても長尻の医者なので、店の者が帰り道に追剥が出て、身ぐるみ剥がされるから早くお帰りのほどをと言ったところ、次に来た時医者は自分の家から襦袢一つで来て長尻を続けたと言う噺。

まるで蔵前駕籠の噺みたいのもある。枝雀さんの「ちしゃ医者」も藪医者で駕籠はあるが、担ぐ者がなく、書生とむかえの人に担がせるが、途中で患者が亡くなったことを知った人は駕籠を放り出して帰ってしまう。そこでお百姓の肥桶に入れて貰い帰ってくるが、途中で婆さんに会い、肥桶にいるのが医者だと説明してもちしゃと聞き間違えられてしまい、怒った医者が婆さんの胸を蹴飛ばす。婆さんも怒るが間に入った人がいわく、「足蹴りで良かった、手にかかっていたら死んでしまう」。
藪医者と言う名が知れ渡り自分の庭の竹の木が衰えて来たので診て欲しいと飛び込んでくるそそっかしい人も出て来る始末。

噺の藪医者の名前は志ん朝さんの「幾代餅」では藪井竹庵と言い清蔵が幾代太夫に会う段取りをとってくれる人、一方、円楽さんの「紺屋高尾」で久蔵が高尾太夫に会う手引きをしてくれるのがお玉ヶ池の竹之内先生でいずれも医術よりも女郎買いの方が上手いという医者だ。

「医者の富」という噺、霞の五郎さんがまくらで話しているが、富籤を当てた医者が何か勘違いいてその籤を捨ててしまう。後から来た坊主がこれを拾い、自分のものとすると医者が文句を言う。これに対して坊主は「医者が手放したものは坊主のものだ」という。

「豊年医者」、これも円生さんのまくらで聞いたことがあるようだ。流行り唄が好きな医者の所へ横根を患う患者が来たが、医者は「お前待ち待ち蚊帳の外」と歌いながら診療する。患者が「餅が好きなので食べても良いか」と聞くと医者は「もちゃかまやせぬ」と言うオチの噺。

「代脈」で先生の代わりに町屋の娘を診にいった書生が猫の手と娘の手を間違えて脈が無いという話があるが、「粗惣医者」では娘の急病の知らせを受けた医者が見舞いに行ったが途中で患者の家が判らなくなり、まごまごし、やっと見つけてその家に着き、患者の脈を診る段になり娘の手と母親の手を間違えて計ってしまい、母親に言われると「緊急の場合は誰彼の区別はない」と言う。

しかし、医者はいつもうまく行くとは限らない。上方話の「泳ぎの医者」では娘を医者に診てもらっていたが、その娘が死んでしまい、恨んだ親は医者に仕返しをしようとして川で水責めにする。泳げない医者はほうほうの体で逃げ帰るが、家では息子が一生懸命に医学の本を読んでいる。そこで医者は息子に「学問より泳ぎを習え」と言う。

「犬の目」という噺では医者のシャボン先生が目を患っている患者の目玉を洗えば直ると、目玉をくり抜いて洗って干しておいた所、犬が来てその目玉を食べてしまう。困った医者は犬の目をくり抜いて患者の目にいれてやると、患者は夜目が効く様になったり、片足を上げて小便をするようになったという奇怪な噺だ。

同じ目の噺で志ん馬さんが演じた「義眼」というのがある。医者に目をくり抜かれた患者が夜寝るときはコップに浸けておけと言われたのを女郎屋でも実行していたら、隣の男が来て目玉の入ったコップの水を飲んでしまい、その男が便秘をおこし、医者に行って診てもらったら、尻の穴の奥で飲まれた目がこちらを見ていたというのもある。

これと同じような「首の仕替え」では女にもてない男が医者の所に来て、女に惚れられる方法はないかと相談すると医者は首を替えればよいという。そしていろいろな首を出して本人がいいと言うものを手術して付けてやるが、さて金を支払う段になり、この首はさっき頼んだ首と違うと言って払って貰えなかったというもの。

その他「綿医者」は手術で内臓全部を出してしまい、その後を綿を詰め込んでおくと、患者は酒を飲んだ後、煙草を飲むと火がついてしまい、「火事だ、火事だ」と言うので「何処が火事だ」と聞くと「胸が焼けた」という。

落語ではこのように何かと馬鹿にしている医者の地位だがピンの医者としては江戸時代は結構いい職業で、豊かな学識と優れた医術を持つ医者は幕府に迎えられ一寸往診をするだけでも千両、二千両も貰えた者もあったと言う。殊に御典医にもなると五百石ぐらい取る者もあったという。しかも、お目見え医者は駕籠に乗ることを許され「乗物医者」とも呼ばれた。駕籠に乗れない医者は「徒歩医者」と言われたそうな。(時代考証事典より)

しかし、これも宝暦年間になると医者は駕籠に乗ることを許され、町医者も駕籠を使って往診が出来るようになり、「代脈」の書生さえも駕籠に乗って行く光景が噺になっている

その昔は「金瘡医」と言って戦場に行って戦傷者の傷の手当て、手術をする医者がいたそうだがこの様な医者が平時になり外科的手術をする様になった。それが「百川」にでてくる「鴨治源林」ような医者で百川に袈裟掛けに切られた人達がいると聞いて緊急に往診をしてくれている。

「夏の医者」に出てくる玄白さんは田舎の医者だがしっかりした人らしく、迎えの若い者と山道を登って行き、大蛇に飲まれてしまうが、そこは医者さま大黄の薬を使って下剤と共に下され、命拾いをすると共に、使いの者の親父さんの病状を「ちしゃ」の食べすぎによる食当たりと判断するところは、さすがいい医者なのだろう。

また、これは実在のモデルがあったと三田村鳶魚さんが言っているそうだが(新時代考証事典)宝暦年間八丁堀に住んでいた高橋玄秀という人を題材にしたようだが、談志さん演ずる「金玉医者」、町家の大店の娘が「憂鬱病」(肺結核というのもある)にかかり、色々医者を換えてみたがなかなか直らない。そこで評判の医者に診てもらったら娘の顔が段々明るくなった。その診療法は娘の脈をとる時に片膝を立てて診るのだが、その時に医者の股ぐらのものが一寸見えてしまう。それを見て娘は笑いだすということで「金玉医者」という題名になっている。一説では元々この医者御典医で現役中は常時平身低頭して診療していたので、役を退いたのちも腰が曲がったままになったという。娘の病を気の病と見極め、一物をちらつかせながら、娘の気を晴らすように持って行ったのは、やはり名医なのだろう。

同じような噺に「顔の医者」と言うのがある。講談社発行の「落語名人大全」に二代目円橘の噺が載っているが、内容はほぼ「金玉医者」と同じ筋で「玉」が「顔」に代わっただけでこの頃はあまり聞かれない噺である。

小南さんが演じる「転失気」でお寺の和尚さんの病を診察し「転失気」即ちお屁が出るかと聞いて、診療の方法をさぐっている医者も藪ではなさそうだ。

「肝つぶし」の医者も夢の中の女に恋する男の治療法として「戌歳、戌の月日そして時刻に生まれた人の肝を飲ませれば良い」と古い例えを話しているが、そんな事は出来ないから、時間のたつのを待つしかないと常識的な無難な治療を教えている。

反面、医者は学問は二の次、世間の評判が気になり、学理よりも勘による術で評判を落とさぬよう大店の旦那の機嫌をとっておくのが第一で「百年目」の旦那について花見に行き番頭の遊びを旦那に注進したり、「代脈」の医者のように娘のお屁を聞いても空惚けてみたり、先の久蔵や精蔵の遊びでの案内役をかってでるなど「幇間医者」と言われるものも多々いたようである。これらの医者は医術はだめだったが、人の恋の病を治したことになるのだろうか。

米丸さんの「腹の石」の医者も患者が咳をして出した石を本来なら医学的に分析すべきものを宝石の鑑定家なんかに見させるものだから話が大きくなり、あとで奥さんに催促されて地下道なんかで寝なければならなくなった旦那が沢山でる始末だ。

「熊の皮」で男がかみさんにせっつかれて贈り物を貰った医者の所へお礼にいくが、そこで熊の皮を見せられていろいろ医者に聞く。医者は患者の全快祝いに貰ったものだというが、男は何に使うのかと聞く。そこで医者は「尻に敷くものだ」というと男はかみさんの言ったことを思い出すという噺だ。しかし、これはもともと艶笑落語だそうで、熊の皮の毛に触った男がかみさんのあそこの毛の感触で思い出すというのがもとの噺。この医者も有能な人のようだ。


平成15年6月
posted by ひろば at 06:20| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ
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