2004年03月02日

【037】花見〜庶民の楽しみ(鈴木和雄)

昔の人は一年を過ごす中で日常の生活から一寸離れて楽しむ術を心得ていたようだ。初春は梅見、盛春は桜の花見、初夏はかきつばた、菖蒲の花見、盛夏は花火、神社の祭礼、秋は茸狩り、虫聞き、月見、冬は雪見と季節それぞれに楽しみを求めていた。

 落語でも季節に応じた噺が演じられるようになる。春が近づいて来ると寄席ではよく花見の噺が語られる。正蔵さんの噺の枕で、花見といえば桜の花を見に行くと言うことを示しており、わざわざ桜の花と言わなくとも判ると言っている。それだけ桜は日本人に親しまれている花だと言っている。こんなに桜の花が皆に愛されるようになったのは江戸時代だという。武家の勢力が強くなり、その潔さの気っぷを表して「花は桜木、人は武士」と言われ、桜花のパッと咲いてサッと散るその様子が武士と花を同化して考えられたのだろうか。 

桜の花を愛でる風習は平安の昔からあったと言われ、当時は貴族の連中が野生の桜を見て楽しんだと言われる。その後、室町期から園芸用として植栽され、各地で桜が盛んに鑑賞されるようになり、これが為いろいろな種類の桜が作られてきた。豊臣秀吉が醍醐の聚楽第で花見の宴ができるようになったのもこの頃なのだろう。

江戸時代になると三代将軍家光が上野寛永寺の造営にあわせて上野の山に吉野の桜を植え、また八代吉宗が享保期に飛鳥山や品川御殿山、向島の隅田堤に桜を植えさせている。この為、庶民も花見の機会を持つようになり、花見時になると、桜を愛でる人が多く集まり、これに連れて酒食も行われ、相当の賑わいを見せるようになった。人出が多くなるにつれ酔客による喧嘩や騒動があり、始めは質素だった仮装もだんだん大げさなものとなり、お上はこれを抑えようとした。殊に上野は花見を昼に限り、三味線を鳴らしたり、大声を出して騒ぐことを禁じたりして、夕方になると山から人を追い出したと言う。

しかし、暗い冬があけ、明るい春の日差しが人々の心を開けると、自ずから人が集まる桜の有名な場所に誘われて行き、さらに心ときめかすことになる。庶民の春の娯楽はやはりこの花見に尽きたのであろう。そこで日ごろの苦労を忘れ、つまった心を発散し、明日の活力のために酒を飲み、重箱の食べ物をつまんで適当に歌い踊ることになる。

だがこれとても金があればの話で、裏長屋に住む八っつあんや熊さんには一寸そんな余裕は無い。そうゆう連中に大家さんが気をきかして、贋の酒、贋の蒲鉾、玉子焼きを用意して住人を引っ張り出し、花見の会場に来て毛氈ならぬ筵を敷き、酔った振りをしながら花見を楽しむような苦しむような「長屋の花見」は貧乏長屋を管理する大家さんの心尽くしなのであろう。

飛鳥山の花見で他人様を驚かそうと一寸した芝居もどきの道化を演じようとするが、途中で色々な障害が入って所期の目的を達することが出来ない「花見の仇討ち」たった一升枡分買った酒を花見の場所で売って儲けようとしたが、酒の香りに誘われて、自分たちで金をやり取りしながら酒を飲んでしまう「花見酒」。

題名は花見とは出ていないが花見を題材とした噺もある。文楽さんや小南さんの演じていた「鶴満寺」−別名「花見寺」だが幇間の働きで住職が入山を拒んでいた寺の桜を見ようと寺男を丸め込み、旦那や芸者連中と庭に入り込んで楽しんでしまう噺。
いつもは「崇徳院」と演題で紹介されるので判らなかったが、これも別名「花見扇」と言うそうで、花見に来た男女が一時は別れてしまうが店の出入りの連中のお陰で割れても末に会うことの出来る噺。

一方、「百年目」の番頭のように花見に出たばかりに旦那に茶屋遊びの実態を知られてしまい、夜も寝られぬ程悔やむ噺。

さくらんぼの種を飲み込んでしまい、やがてその種が頭に発芽し、だんだん大きくなり遂に花見が出来るようになって、人出があって、うるさいとばかりに木を倒したら、あとに大穴があき、いろいろあって最後に自分で自分の頭の池に飛び込んでしまうと言う不思議なスチュエーションの噺「頭山」も出てくる。

森野福郎さんの「太閤の猿」では秀吉が催した花見の宴で太閤が愛した猿が重臣達にどのように扱われるかを秀吉が試みる噺だ。
上方噺の「胴乱の幸助」は一般の人が花見としゃれて浮かれるところを、この男は墓見に行って花魁の墓の前で一人酒盛りをする変な噺。

「おせつ徳三郎」の噺の前段で小僧の長松がおせつと徳三郎の花見でのデートの詳細を話させられる「花見小僧」。口止めされていたがお灸には勝てず白状させられてしまう。

「花見心中」。ある上方者が商売が上手く行かず桜の木で首をくくろうとするが、そのとき丁度若い二人が来て、これもここで心中をしようとする。そして持ってきた百両を置いて刀を抜いて刺そうとするところに上から男が落ちてきたので二人は驚いて金を置いたまま逃げてしまう。男はこの金を拾い、これを元手に呉服屋をやり成功する。数年してこの男と二人は会い、お互いに命の恩人だという。

ともかく春は人の心を浮き浮きさせる。まして桜の花が咲こうものなら普段真面目そうな面をした人でも何と無く楽しくなってしまう。そこへ花見の席で酒が入ろうものなら陽気になる人、羽目をはずしてはしゃぐ人、大騒ぎをする人と普段見せない面を見せる。
ここに落とし穴があり、謹厳実直と思われていた番頭が一寸幇間と芸者のおだてに乗っかり、舟から陸に上がったばかりに大失敗をする。花見酒のように金銭感覚が無くなり、いつものようにだらしないことになる。
これらの噺は花見に行って酒を飲んでも飲まれるなという警告でもあるのだろうか。
しかし、固いことばかりを言っていても落語はつまらない。談志さんが言っているように発散すべき時はパアーとやらねば駄目だ。ここに桜の花を見て酒を酌み交わす訳があるのだ。噺を通して私たちは昔の庶民の人達が年に数回、日常の生活から抜け出してささやかに楽しみあおうとした姿を見ることができるのである。

平成16年3月
posted by ひろば at 06:31| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ
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