2004年07月01日

【040】リレー落語は楽しい(鈴木和雄)

6月21日の第39回の落語会は小里んさんと馬楽さんのリレー落語の形式となり大変面白かった。馬楽さんが噺のまくらで小里んさんから事前にTELがあり、長い噺をやろうということで、この噺をやることになったと説明していたが、確かに長い噺をやるにはお互いに打ち合わせをしておかないと、うまくいかないだろう。落語は今は長い噺でも、それぞれに区切って題名をつけて話されているが、全体の繋がりが判る話方はなかなか聞けることは無く、今回の企画は大変良かったと思っているところです。

噺全体は「三人旅」であり、馬楽さんが出始めの所と道中で馬に乗って馬子と掛け合いをする部分、小里んさんが「鶴屋善兵衛」で旅籠の部分と夜の「おしくら」の部分を一挙に語ってくれ、三人旅の大部分を面白おかしく演じてくれたので、落語に対する興味が益々わいたのである。

 この頃はリレー落語というのは余り演じられない。私有する音源にS58年に放送された米朝一門による「二人旅」の噺があるが、これは今の文枝さんが小文枝、ざこばさんが朝丸の頃に三人でリレーしながら話されたものである。

はじめ小文枝さんが大阪から伊勢参りに旅立ちをした二人が、途中、旅の相棒が腹が減ったとか、煮売屋の店の看板を読み間違えたりして、その店の地酒を飲む段で次に繋いでいる。

これを朝丸さんが受け、自分の食べたい「イカの木の実和え」をおやじさんが他の用に使うから売らないというのを無理にほかのものにかこつけて金を払い、持ち逃げしてしまい、満喫するが、証拠になるといけないと、藪に入れ物のすり鉢を投げ入れると、狐にあたり、化かされて川を渡ることになる。

米朝さんがこれから「七度狐」に繋いで山寺で夜、住職の居ない時に「おさよ婆」に追い掛け回されるが、これも狐の仕業とわかるという長い噺をしている。朝丸さんが、すり鉢と狐の絵を頭の上にかぶり話しているのを見て、師匠が「あんなものを使えば、噺が楽ですな」と茶化していた。

この噺は師匠と弟子のリレーだが、東京の落語では「富久」を志ん朝、馬生、志ん生の親子三人が繋いで演じている噺がある。普通、師匠と弟子、兄弟弟子同士、真打同士というのはあるが親子三代にわたるリレー落語は珍しいのではあるまいか。

S33年に録音されたものという音源のテープを聴いたが、志ん朝さんはまだ弱冠 20歳の時でS37年に真打になっているから、その少し前のころである。声も晩年の落ち着いた話しぶりとは違う若々しさで、たった3分間だが、「富久」の序の部分の富くじを買い、芝久保町のしくじった旦那の火事見舞いに行く所を語っている。

馬生さんは熟したときであり、声の艶があり、久さんが旦那の家で家具の持ち出しを手伝うつもりがうまく行かず、見舞い酒に酔いつぶれて寝ている所をまた三間町の火事だと起こされて自分の家に向かう。

志ん生さんがこれを受けて着いてみると家は焼け、致し方なく旦那の家に向かい居候となるが、ある日、富くじが当たることとなり、喜んだが既に火事でやけ、賞金を手にすることが出来ない。ところが隣の頭が気を効かして大神宮様のお宮を運び出してくれていたので、あちこちにお払いが出来ることとなる。 

三人それぞれの独特な表現で語ってくれている。さすが親子で声の新、旧はあるが、ほぼそっくりで、いつ馬生さんになり、どこから志ん生さんが話しているかわからないほどで、ラジオの録音を聞く限りでは本当に三人が一体化して話しているようである。

真打同士のリレー噺には先代の金馬さんと志ん生さんの「お化け長屋」がある。これも本来なら一人でやる噺であるが、金馬さんが前半、志ん生さんが後半を話している。

金馬さんははじめ家を借りに来た気のの小さい男が差配の女師匠のお化け話しに怖気ずいて、財布まで置き残して逃げて行ったので、その金で寿司でも食べようという所で序の所が終わったとして高座を下りている。 

志ん生さんが後半を話しますといって噺を繋いでいる。そして威勢のいい男が差配のお化け話にもめげず、空き家に住み込むが、同輩の連中が来て、男を驚かそうと悪だくみをする。 幽霊の恰好までするので、男が頭のところににげかえると、頭が来て、同輩たちに「お前たちはいつ幽霊になったか」と聞くと「あっしたちは しょっちゅうお足がない」というオチで終わる。

志ん生さんと正蔵さんの組み合わせも面白い。二人は「文七元結」を演じているが、ここでは志ん生さんは噺の極く始めのところだけやり、正蔵さんに渡している。

朝から娘が居なくなったと左官の長兵衛夫婦が騒いでいる。そこへ佐野寿司から使いが来て、廓まで行くのが志ん生さんの持分で、正蔵さんは娘を預かっていると言われ、おかみさんから50両の金を借り、帰る途中で吾妻橋の上で、橋から飛び込もうとしている若造を見つける。そして、最後のところまで演じているが、真打同士が演じる噺というのは両者が同じ力量がないと成り立たないもので、お互いに芸の競演のような形になり、大変だったのではあるまいか。

リレー落語というのは長い噺とか大きな噺でないと出来ないという。米朝さんたちのリレー落語の後で師匠が説明していたが、それによると噺にはつなげることが出来る噺と出来ない噺がある。旅の噺はいろいろエピソードが寄せ合わされてあるので、繋げることが出来、リレー噺が可能だといわれている。

上方噺には「東の旅」という長い噺があるが、これは大阪を出て伊勢参りをする噺で別名「伊勢参り」というそうだが、これも今は分割されており、「煮売屋」「七度狐」「運つく酒」「お杉お玉」が往きの噺、帰りは「矢橋舟」「こぶ弁慶」「三十石船」「軽業」「地獄八景」「桑名舟」が私たちがよく聞く噺で、まだまだたくさんあるそうである。

そして、更に「西の旅」とか、「南の旅」「北の旅」があり、この内、「兵庫舟」「小倉舟」「竜宮酒」「猪買い」「牛ほめ」が有名なそうな。大変長い大きな噺で、今では全部それぞれが独立した噺になっているが、リレーをしようと思えば、これらの一部をひとつに纏めてやることになるのであろう。

今はもう、こうゆう長い噺を演じてくれる人はだんだんなくなってきている。今回小里んさんと馬楽さんが演じてくれた噺も元は「三人旅」「鶴屋善兵衛」「おしくら」にそれぞれ纏められているのだが、私たちはこれまで部分的に聞いているに過ぎず、このようなリレー形式で聞けたことは会にとっても、大きな収穫であったのではないだろうか。
しかしリレー落語は演じる方も聞き手をあきさせないように笑いをあちこちに入れていかねばならならず苦労するだろうし、聞くほうも大変なんだなと思ったものである。だが、よくやってくれたなという感じでいっぱいだ。

平成16年7月
posted by ひろば at 06:34| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/33625603

この記事へのトラックバック