2005年11月01日

【056】旦那はつらいよ(鈴木和雄)

若旦那は落語の主役である。色々な噺に登場して、その放蕩振りや、失敗談、苦労話とその笑いを提供してくれる姿にお客は落語の面白さを益々実感するのだが、この若旦那を支えたり、突き放したりする父親である「旦那」については噺の上で余り笑いを提供してくれていない。

しかしこの旦那が噺に登場してくる場面は「落語事典」で調べる限りでは125話もあり、実に重要な存在になっている。この数の中には旦那という呼び名ではないが主人、父親、親父と言う呼び方であるが、旦那を指すことははっきりしているのを含んでいる。

「旦那」と言う言葉は仏教事典等を見ると、そもそもサンスクリット語のダーナから来ているそうで、意味は「施す」と言うことだそうだ。ものを分け与えることをいい、施主を指すと言う。寺院と特定の関係を結び、その寺院に財物を施す在家の信者を言うということである。俗には一家の主人を指したり、使用人が主人を敬って言ったり、商人が店の客を指したり、役者が贔屓の客を指すこともあったそうだ。

米朝さんが「百年目」の終わりの方で旦那が豪華な遊びをしていた番頭を自分の部屋に呼んで旦那の意味を話していることはご存知の通り。「昔、インドでは天竺に赤栴檀という樹があり、大層立派に茂っていたが,その樹の下に難莚草という汚い草が生えていた。この難莚草を汚いからといって刈り取ってしまうと赤栴檀が枯れてしまう。

赤栴檀はこの茂っては枯れ、茂っては枯れる難莚草から良い肥料を貰い、難莚草は赤栴檀が降ろしてくれる露で生きているのだと言う。お互いに助け合って、所謂、施し合って樹と草が永く繁茂しているのだと説明している。そしてこの赤栴檀の檀と難莚草のなんをとり、「檀那」と言ったのだが、後「旦那」の字に改められたのだと言う。

そしてお互いに施しあわねば生きて行けないのだから、この家では旦那が赤栴檀で番頭が難莚草だが、店に出れば番頭が赤栴檀で使用人が難莚草だから、よく面倒を見てくれるように諌めている。そうすることにより旦那の一家も健全な生活が出来、番頭も安心して店を運営でき、使用人である手代や小僧が給与を貰うことができ、将来、暖簾分けをしてもらえる実績を積むことが出来るのである。

この旦那のように噺に出てくる形がよい人は余り居ない。いろいろなパターンで出てくるから噺は面白い。「百年目」の旦那のように安穏な生活をしていて、たまには茶坊主医者を連れて花見に行くという身分の人もいれば「青菜」の旦那のように鷹揚に植木屋の仕事を
眺めていて夕方になれば職人を招いて、酒の一杯もご馳走しようという人もいる。「愛宕山」で幇間を連れて30両の小判を撒き散らす結構な旦那もいる。「試し酒」で権助さんに5升の酒を飲まれて感心している旦那。いずれも一家の旦那としての位置を示しているようだ。

これに対して息子がぐれたり、放蕩したり、女に惚れたりしていると、これに対処するため心配し,怒り、勘当し、時には息子の恋の相手を探すために大金をはたいている旦那がいる。 若旦那、即ち息子が少しも家の仕事をせず、自分の好きなことに熱中して、家を飛び出し、江戸火消しの臥煙になっているので、勘当した旦那は火事の半鐘の鳴る度に息子の身を案じている。

一方「千両蜜柑」の旦那のように息子が病の床で蜜柑を食べたいと言えば、番頭を使い、大層な金をはたいて、夏の最中に蜜柑を求めてやっている。放蕩をしすぎると「よかちょろ」の旦那のように若旦那を勘当にするが、余り女に無関心でも親父としては心配で、近所のよからぬ連中に息子を吉原に連れて行ってもらうことになるが、これがまた大変な放蕩の始めだったとは旦那は迂闊だった。

「山崎屋」の噺で若旦那が番頭の妾通いを見つけ,これをネタに番頭に金をせびる話があるが、そのときに若旦那が、親父である旦那が亡くなれば、この家の財産は皆自分のものとなるから,その時は旦那として自由に金が使えるようになるから、大っぴらに遊べると高言しているが、実際には旦那になっても放蕩がやまず、店が危くなると使用人達が結束して、親類縁者に訴え、放蕩旦那を隠居させ、新たに次男等がいればその人に,いない場合は養子を迎えて、店を維持することにしたという。

であるから、旦那になったからと言って、のんびり廓通いなんかできる筈もなく、一生懸命店の仕事に精を出さねば、自分の生活の本拠もなくしてしまい、路頭に迷うことになりかねない。しかし、「親子茶屋」に出てくる旦那のごとく、若旦那の茶屋遊びに輪をかけて旦那自身も遊びに精を出し,仕舞いには息子と二人で金を使っていてはいくら財産があってももたないから,せめて息子でも先に亡くなってくれればいいと逆縁を願う旦那も有り、大変な親もいたものである。

一家の主(あるじ)として奥さんは自分の亭主を旦那と呼び、店の使用人達も旦那が店を経営しているので,敬意を払っているが,この旦那なる男性動物は一寸金が貯まると自分の奥さんだけでは物足りず、何のかんのと理屈をつけて外に女を囲うことになる。これが妾だが、この場合も男は旦那と呼ばれ、別宅の主のような顔をしている。これが他人から見て笑うようなことが生まれ、噺のネタになる。妾と旦那、本妻と妾と旦那といろいろ絡み合って、噺が生まれ「悋気の独楽」「悋気の火の玉」「権助提灯」「権助魚」等々がある。
一般に落語の世界では長屋のかみさんは自分の亭主を旦那とは呼んでいない。亭主とか宿六とか、もっと悪い呼び方もあったようである。であるから旦那と呼ばれるにはそれ相当の大きな店を持ち、使用人も数人以上居る店の主人しか呼ばれなかったのであろう。

しかしこの店を持つ主人という処が、また曲者で、皆若い時から勤倹努力して、それこそ爪に火を灯す思いで金をためて、大店の旦那にたどり着いた人が多かったのだろう。三人息子の親父さんが自分が亡くなった時の葬儀のやり方を息子達に聞いているが、主人である旦那は何時までたってもけちな性格は直らず、死んでからも人件費を惜しみ、自分の棺の「片棒」を担ぐ積りでいる。「味噌蔵」「位牌屋」等もけちな旦那が取りざたされ、笑の対象になっている。

また、商売というものは財産と努力と運が付きまとう。そうゆう意味からも旦那は運が離れることのない様にげんを担ぐという行為が行はれるようになる。「かつぎや」、上方噺の
「げんげしゃ茶屋」のように本人はもとより、関係する人にも「げん」を担ぐことが大切に思われ、少しでも商売に差し障りがない様に日常生活を気をつけている。殊に世間的にお目出度い正月などは家中のものも包めて福を願う態度をとるように勧めているが、こうゆう場合に必ず反対の態度をとる奴も出て来て、それがまた笑を起こす。

人間何か趣味を持たないと楽しくないが,若旦那のように芝居狂いをしていると旦那はその対処に苦労するが、旦那が自分自身も好きである時は取引先や近所の人達、それに店の人達の慰労と感謝をかねて、素人芝居や玄人の魔術などを披露している。「蛙茶番」や「鉄拐」の噺はそれにあたるのだろう。結構な金が掛かるであろうが、これはけちな旦那にはなしえないことだ。「寝床」「質屋芝居」の旦那もこれに入るのだろう。

旦那は店の経営者であるから使用人に不都合なものがあれば、一番番頭といえども処置をしなければならない。「足上がり」「百年目」の旦那は番頭が勤務をさぼったり、金の使い方に不審な点があった時は厳然と対処し、また諌めている。

金を持っている人の処には何かと群がる連中が居る。幇間や茶坊主医者のような、何かと旦那のそばに居れば金になると思っている人達が居て笑いの種になる。「愛宕山」「幇間腹」「莨の火」の様な幇間や茶屋の若い衆である。

店が信用を得ることを大切にしないと店そのものが保てなくなる。旦那にとってはそれが一番大切であり心配の種だ。「質屋蔵」をもつ旦那もお化けが出るという近所の噂に戦々恐々し、「味噌蔵」「火事息子」の旦那は近所に火事のあった場合に蔵に目塗りがなかったら客から防火対策がないと非難され信用を失うかもしれないと目塗りに力を入れている。
円遊さんの話では昔は男の色事の順序は、一に盗(他人の女房に手を出す)、二に婢(身分の低い人に手を出す)、三に妾、四に妓(芸者や女郎)、五に妻となっていたそうで、他人の女房に手を出す噺には「宿屋のかかあ」という露の五郎さんの噺があるが、その他女中や下女に手を出す精力的な旦那がいるが、この頃は余り聞かれないバレ噺の中にあるそうである。

先代文楽さんの噺の「かんしゃく」でやたら家に帰って来ると威張りちらし、細かい所に文句を言って悦にいっている旦那が多かったようだが、今でもあんな男が居るのだろうか。
書生が何人かいて、しかも女中も沢山いる家というのはあんまりないであろうから、この旦那の様なのはいないだろう。昔は旦那はそれだけ力があって横暴だったということか。

「情けは人の為ならず」という言葉は今は全く逆の解釈にしている人たちがいるようだが「小間物屋政談」の背負いの小間物屋が箱根の山中で、大店の主人が追剥にやられて困っているのに会い、情けを施したばかりに、一旦は自分のかみさんもいる場所もなくすが、大岡越前守のお陰で一挙に大店の小間物屋の旦那になることができたという夢のような噺もある。

現在は大店は皆会社組織になり、かって旦那と呼ばれた人達は社長といわれ、雇用される人達も使用人から会社員、従業員といわれ、その人達は結束して労働組合を作り、経営者である社長と被雇用者は対等の立場に置かれるようになり、落語で話されている旦那と番頭、小僧の織り成す笑いを呼ぶことも無くなった様だ。

家庭でも昔は旦那とかみさんの関係は何やら上下関係のような感があったが、今は男女平等の思想が行き渡り、ある女の人達は亭主を主人とか旦那と呼ぶことに抵抗を覚え、夫と呼び、亭主の方も女房を家内とか,かみさんを避けて妻と言っているそうだが、当たり前といえば当たり前だが、何か私たちの世代には違和感が付きまとう。

噺では妾を囲う男を旦那といっているが、今は二号さんというがこの人達の金子元に対する呼び名は変わっていないのだろうか。落語では旦那が行ういろいろな行為が笑いのもととなっているが、男と女、雇用者と被雇用者の関係が続く限り噺に出てくる現象は大なり小なり現れてくるのであろう。そうゆう時に落語の旦那のやり方は参考になるのかな。


平成17年11月
posted by ひろば at 06:50| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ
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