2006年02月01日

【059】「突き落し」とその後(鈴木和雄)

落語の「廓噺の三大悪」と言えば「居残り佐平次」「付き馬」と「突き落し」であると言われる。この三噺とも男達が廓で遊んだ後、金を払わないで逃げ出した噺である。しかもこれらの悪いところは始めから計画を立て、廓に乗り込み、さんざっぱら飲んで食って芸者を揚げて大騒ぎして遊んだ挙句、金を払うことなく、佐平次の場合は威張って外にでており、「付き馬」では相手を騙し、「突き落し」では暴力を使って逃げている。

今なら無銭飲食で警察に突き出される処だが、これらの噺の当時はそんなこともなく、ことが治まったのだろうか。中でも「突き落し」では銭のない若い連中が集まり、只で遊ぶ方法を考え、一人が棟梁、あとの連中が若衆となって、廓の初会の店を狙って揚がり、そこで酒よ、肴よ、芸者よ、と大騒ぎをして遊び、翌朝になり勘定を催促されると、金がないからと若い衆に付き馬をさせ、外に連れ出し、お歯黒溝の処で、皆で一緒に昨夜の遊びの結果を検査しようと,小用をたそうとする時に、若い衆も連れションにつき合わせ、彼が用をたそうと後姿を見せた隙に後ろから溝に突き落し、逃げてしまう噺である。

この突き落しという言葉は何か嫌な印象を与える言葉である。最近よく新聞紙上でこの言葉を目にする。学校の屋上から友達を突き落して、怪我をさせたとか、マンションの屋上から小学校の女の子が幼い子供を突き落してしまい、命を落とさせてしまったとか、いろいろ嫌な話が出ている。

この様な話は人の命に関わる事件であり、慄然とした気持になるが、命の尊さを教える親や学校の先生、社会の環境がどうかなってしまった結果ではないだろうかと深く危惧するところである。

こんな暗い話ばかりでなく、TVで相撲を見ていると豪快な決まり手で、勝負がつく時がある。この技は「突き落し」と言うそうで、日本相撲協会が決めた82手の中にこの決まり手があり、これは力士が自分の片手を相手の脇の下から脇腹をはずに当て、体を開きながら相手の重心を傾けさせ、斜め下に押し付けるように倒す方法であると書かれている。

大体が力の強い力士がやる技のようで、かっては貴之花,栃東がやり、今は朝青龍がやっていると言う。この技がきれいに決まった時は観客はその豪快な技に思わず拍手を送ると言う。インターネットで力士のHPを見るとそのような技を使ったことの記録がのべられている。

またオンライン・ゲームであろうか「花かるた」というのに「突き落し」と言うのがあり、四人でやるゲームで三人がやる意思を示したときに残る一人が場に出ないときは突き落しとなり、「突き落し料」が得られるという。

その他、中将棋と言うゲームがあり、王手がかかっている時に,かけられた方がそれに気付かず、王手を防ぐ手を指さなかった場合には「突き落し」が行われるものだという。
この外、建設用語で,立ち壁面の「突き落し」が新製品の使用により容易になり、実加工時間が短縮されたと言うなどの用語もある。

昔から獅子は我が子を千尋の谷底に突き落し、生きて這い上がって来たもののみを育てると言う言葉がある。シンがポールに行くと必ずマーライオンの像を見学してくる人が多いが、この獅子も我が子をマリアナ海溝に突き落し、這い上がってきたものをマーライオンとして育てたと言う逸話があるそうで日本の話とよく似ている。

アメリカン・インデアンはバッファローを追って生活していた頃は、鉄砲などの飛び道具はなかったので、槍や太鼓でバッファローをがけに追い詰め、そこから突き落し捕獲したという話がある。

ずっと昔に返り、古代ローマではローマ兵がカルタゴ市民を追い詰め、建物の上階から市民を突き落し、下では兵隊が鉾の先で受け止めると言う残虐な行為があったそうだ。
また、ローマ時代の港町のカイザリヤでは「突き落し」の崖を見ることができるという。

こうやってあげて見ると「突き落し」と言う言葉は平和なゲームやスポーツで使われている間はいいが、実際の人間の争いの中では随分残酷な措置として行なわれてきたようだ。人の命を一塊の芋か肉の塊のように扱ってきた時代もあった。今、聞いてもやりきれない気分になってしまう。

ましてや、現代でも前述したごとく、ちょっとした意地悪や反抗心の現われとして高いところから人を突き落しということを今でも行なう人がいると言うことを聞くたびに被害者への同情ばかりでなく、加害者への生活環境のあり方がどうだったのかと深く考えてしまうのである。

ところで落語の「突き落し」では若い衆を溝に突き落して噺は終わっているが,演者によれば、突き落しに成功した連中が今度は品川に行ってやり失敗したと話している。こうなると代表の一人が留め置かれ、「始末屋」なるものが出て来て、遊びの借金を清算させられる。本人は女郎屋の行灯部屋に押し込められ、油の臭い所で、ろくすっぽ寝ることも出来ず、始末屋から通報を受けた親、親戚それに一緒に行った友人たちが金を持てきて、借金を肩代わりしてくれるまで人質として留められる。冬の季節は寒さが身に凍みるし、夏は風通しの悪い部屋で、蚊や蚤に攻められる。つくづく我が身の不運を呪いながら金が来るのを待つのみである。

上方噺で松鶴さんが演じた「棟梁の遊び」というのがあるが、これも同じように計画的に楼に揚がって遊ぶが、翌朝、金が無いのでついてくる付き馬が女で、こちらも同じように小便をすることになるが、女は皆と同じように用をたすことは出来ないので、便所に入るがその間に戸を釘で打ってしまい、女が出られないようにして逃げてしまうと言う、少し「突き落し」とは違うがなにやら同じようでもあるという噺である。

団体で揚がったときはまだましで、一人で揚がって金が足りなくなり、留め置かれたときは親が怒って、何時来て呉れるか判らないときは全く心細くなったに違いない。自業自得だから誰も責められない。益々不安になったのであろう。
しかし、事が一件落着すれば、また、のこのこと出て来て遊び歩くのであろう。

平成18年2月
posted by ひろば at 07:07| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ
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