2006年03月01日

【060】河豚(鈴木和雄)

同じ水中の豚でも河豚と書くと「ふぐ」であり、海豚と書くと「いるか」である。落語には「ふぐ」は噺に出てくるが、いるかは出てこない。日本ではふぐは海の魚であるが、中国では揚子江、ラオスではメコン川に遡上していて、河豚という名の通りで、その鳴き声が豚に似ているからだという。

このふぐは大昔からいて、人間に食されていたという。その証拠にあちこちで見つかる貝塚にふぐの骨があると言われる。ふぐは多産で、しかも動きが鈍いため、人間に捉えられやすく、よく食用に供されていたのではないかと言う。

ふぐが一番、庶民に食べられていたのが江戸時代だという。武士階級はふぐは食べなかった。これは勿論中毒を怖れたからである。大奥の食物の禁止品目にもふぐは入れられている。であるから、ふぐを食べて毒に当たり死ぬ人は庶民が多かった。

噺の「らくだ」もその中の一人で、死ぬ前日に兄貴分の男がふぐをぶら下げているらくだを見つけて、「そんなものを季節はずれに食うと、当たって死ぬぞ」と忠告してやると、「ふぐになんか当たって死ぬものか、ふぐの方こそ当ててやる」〔談志さんの話振り〕と言っていたと屑屋に話している。

らくだは生きているときは大家さんをはじめ近所の人達に、その乱暴な生活態度で大変な迷惑をかけたが、彼は自分自身に対しても乱暴な生き方をしたため,遂に一命を失っているが、これも素人の調理だったためだろう。

近年になって、やっと判ったことであるが、明治41年(1908)に東京衛生試験所の田原良純先生がふぐの肝臓や卵巣,腸、皮などに毒素を発見し、フグドキシンと名をつけたが、後ほどテトロドトキシンと学名が付けられたという。

この毒素がある処を食べさえしなければ、中毒することもなく、命を落とすこともなかった。なんせ、この毒素は無味、無色、無臭で、しかも水によく溶ける性質なので、一見では毒素が何処にあるか判らず、中毒して始めて毒に当たったと判るので始末が悪かったようだ。

何しろふぐに当たると食後直ぐ頭痛、嘔吐、手足のしびれの中毒症状が起こり、さらに時間がたつと、運動神経や知覚神経が麻痺し、血圧が低下のうえ、呼吸困難となって死亡するというから恐ろしい。

ふぐを料理するには今は正式な免許を持った調理人しか扱えないと言うが、明治以前はあまり知識のないままに、素人が調理することも多く、中毒が多発したそうである。「近代日本食文化年表、小菅桂子編」によると明治10年に大阪の料亭で「うまい、うまい」と喜んで食べた料亭の亭主と客人がふぐに当たり二人とも死んだと言う記録があり、当時大阪府はびっくりして料理提供の禁止令を出したが、その後も各地で同じような事件があり、大阪にまねて禁止令を出したと言う。

落語の「ふぐ鍋」では、主人がちゃんとした料理人が調理したものだから大丈夫だと言って客人にすすめているが、この噺のもとは、落語事典(東大落語会)によれば、十返舎一九の「ふぐ汁」で、上方噺の二代目染丸師がまとめたもので、東京へ持ってきて「ふぐ鍋」となったと記されている。

当時は未だ、ふぐの毒素が解明されていず、今の様な有資格の調理師が調理したものでなかったかも知れず、それこそ「ふぐは食いたし命は惜しし」の覚悟で食べたのであろう。
「ふぐ汁」と「ふぐ鍋」は殆ど同じような噺である。「ふぐ鍋」は「ふぐ汁」の別名と同事典には記されているが、ふぐの試し食いをさせる相手が、「ふぐ汁」では出入りの客人または幇間であるが、「ふぐ鍋」では乞食に食べさせようとしている。

双方ともこの試みをさせた上で何もなかったことで安心して、自分たちが食べている。やはりこわごわ食べていたことは松尾芭蕉の句にある「ふぐ汁や鯛のあるのに無分別」でよく判ろう。志ん生さんも「らくだ」の噺の中で「昔は相撲の力士達がよく食べた。殊に地方巡業に行くと食べる機会が多く、よく当ることが多かった」と話していた。

であるから、昔の人は恐るおそるふぐを食べていたが、今はそんなふぐを恐れながら食べる人はもういない。ふぐは冬場の鍋も美味しいが、刺身は更に美味しいと言う。円蔵さんの噺のまくらで「ふぐ刺しは皿ばかりかと近目いい」という川柳を話している。大平皿に薄く切られた刺身が並べられたところは皿の絵が刺身を通してみることが出来、きれいである。何故こんなに薄く切るかと言うと厚く切ると、歯応えが重く、ポン酢の味とうまくマッチしないからだと言われる。こんなに薄い刺身だと一片や二片食べても歯応えがなく、物足りない気がするが、円生さんがある時、弟子を側においてふぐ刺しを食べていたら、弟子が食べたそうにしていたので、かわいそうに思ったのか、ひと口どうぞと言ったら、その弟子は箸でいっぺんに皿の半分ほどの刺身をすくいあげてしまい、円生さんが嫌な顔をしたと言うことを弟子が話していたが、確かに、そうしないと何やら味がわからないような気がせぬでもない。

美味しいけれど命は惜しいからと心配して食べない人がいたが、今はその心配はないが、食べたいけれど高価で手が出ない。私どもでは、そうおいそれとは食べられない。そこで無毒のふぐを養殖することに成功した長崎大学の野口教授の話が朝日新聞(2004.5.30)にあった。そしてこれを基に「ふぐ特区」なるものを厚生労働省に申請したら、未だ安定した供給方法でないと認められず、今まで通りの調理の方法で行かねばならないことになったそうだ。

ふぐを調理するにはふぐ一匹に水一石がいるそうだ。そして調理人はふぐを調理すると毒素のある内臓等をかぎのかかる特殊なバケツに入れて置かねばならず、厳重な監理が求められていると言う。

なんせ昭和の後半になってからも、ふぐに当たって死ぬ人がいた。有名な歌舞伎の坂東三津五郎丈が昭和50年にふぐに当たり亡くなっている。内臓が特にうまいと言うことで、しかも沢山食べたらしい。正式なふぐの調理師の免許を持った人の料理で、内臓などは食べず、また大量に食べないことがふぐ料理を食べる時の極意らしい。

平成18年3月
posted by ひろば at 07:08| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ
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