2006年04月02日

【062】食らわんか舟(鈴木和雄)

数年前、タイのバンコクに行った時、水上観光となり小さいボートに乗って狭い水路を進んでいるとなにやら現地の人達が漕ぐ舟が沢山たむろしている入り江に入り込んだ。そこでは多数の舟がおばさんたちによって漕がれていて、果物や食べもの、土産品を積んで、観光舟に近づいて来て、やおら舟の艫にかじりつき商品を観光客の胸元に突きつけてなにやらタイ語で「買え」と騒ぎ始める。1艘の舟に五、六艘の舟だから日本人の女の観光客はその気勢に圧倒されて財布を解き始めるが、男の連中が余り買わないと大声でわめきちらしているが、時間が来ると舟の縁から手を放し、離れて行く。

私はこれで「三十石船」を思い出したが、「役に立つ落語」を書かれた山田敏之氏は隅田川の花火見物に屋形船で見物に行った時、ちょんまげの鬘をつけた若い男が乗った小舟が来て佃煮の土産物を売っていたので「三十石船」を思い出したと記述しておられる。

所でその「三十石船」であるが、円生さんが演じた「三十石船」は上方噺であるが、大阪の噺家さんが語る噺とは少し異なるところがあるような気がする。それは「食らわんか舟」が出てきた江戸の旅人と丁々発止とやるところである。この話は元々上方噺であるから始めはあったものと思われるが、当今の上方の噺家がやるのを聴いたことが無い。

交通機関が限られていた江戸時代は大阪と京都の通行は船によることが楽な旅程であった。
大阪淀屋橋際で船に乗り、淀川十三里を行くと京都に着く。しかも夜乗ると、寝ている間に目的地に到着するとあって旅人はみなこれを利用したようだ。その間の旅人同士の話のやり取りが面白く語られている。船が枚方あたりに着くと船頭が停船して弁当を取り始める。

そこへ現れるのが「食らわんか舟」で三十石舟に乗船している客に売ろうとして餅、酒を舟に積み、近づいてきて「食らわんか、食らわんか」と半ば強制的に売りつけようとする。
限られた時間に多くの品物を売りたいばかりに、その地方独特のぞんざいな言葉になり,喧嘩早い江戸っ子の旅人に文句を言われるようになる。

しかし食らわんか舟の商人たちは、「この売り方は我々の昔からの慣わいだ」と主張する。そもそも、なんで枚方の物売り商人達が乱暴な言葉で商売をやるようになったかは、前述の山田氏の著書に記されている。同書に拠れば昔,当地の淀川の船頭達が大阪の夏の陣の折、徳川家康を助けたことがあり、その時のお礼に家康が独占販売権を与えたが、その時に土地の乱暴な言葉を使って商売をすることを許して欲しいと陳情して認められたからだと述べられているが、これが慣わいの意味のようである。
しかし、江戸の旅人は「食らわんか、銭は無いのか」と怒鳴られて、頭に来たのであろう。「物を買って貰いたければ、丁寧に言え、何々は如何ですか、何々を召しあがりませんかと聞いたらどうだ」と説教するが、舟の方は聞けばこそ,その内江戸っ子のほうは手が早く、ポカポカとやり始めると、さすが食らわんか商人のほうもびっくりして「糞でも食らえ」と捨て台詞を残して逃げて行った。

今はこんな商人は居ないだろうと思うでしょう。商人はいつの時代も自分の商売物を客に買ってもらおうと思って,下手に出て客に愛想を言いながら、相手を気持ちよくさせ購買心をあおり、少し値引きなどして、結局商人の思うがままに物を売るのが商売のこつだろうが、食らわんか舟の商人のようになるとどっちが商人か客か判らないようになる。

こんな商売の仕方は昔だけだと思っていたら千葉のある寺の門前町のはずれの店では割合最近まで「売ってやら」と言う言葉を使って商売をしていたのを聞いたことがある。その地方独特の言葉使いだったかも知らないが、「売ってやる」と言う言葉には上のものが下のものに何かを売る時に使うような気がしたが、さすが最近はこんな店は無くなった。

当該地も町が大きくなり新住民が多数住むようになり、この様な言葉使いで商売をしていては段々買い物に来る人も無くなり、商売がすたれて行ってしまったからのようだ。昔はこの地方にも階級社会が根強くあり、所謂下層の人達に対して、町の商人が使った名残があったものと考えられるが、余り親しめる言葉使いではなかった。

ところが驚いたことにはつい最近でも,ほぼ同じ台詞を耳にしたのである。当該地で割合流行っている商売があり、そこの経営者が商売物を買いに来た高齢者の客に対し「あんたは買った後でいつもいろいろな苦情を言ってくるのでうるさいから売らないよ。あんたがそうゆう態度をやめたら売ってやら」と言う。そばに居た私は思わす、この経営者は商売人ではないのか、自分の売っている品物を求めに来た客に対する態度ではないなと他人のことながら憤りを感じたものである。

先日、NHKの「課外授業」を聞いていたら講師の仲畑貴志氏が「商売をしていて威張って物を売っている人の店には、皆嫌がって行かなくなる。これは売る人と買う人との共感が無いからだ」と話していたが本当にそうなのだろう。

噺の「古手買い」でも同じようなシーンがある。与太郎が物を買いに行って余り激しい値引きを要求するので店の主人が怒って「味噌汁で顔を洗って出直して来い」と言っている話である。

この様な押し付けがましい態度とか恩着せがましい話は他にもある。「ちりとてちん」で、旦那が我が家の集りの予定が無くなり,そろえた料理が余ってしまい、困ったので近所の愛想のいい男を招いてご馳走すると、彼は大層喜んでお世辞を言いながらご馳走を戴くが、もう一方の愛想の悪い男は「既に夕食を食べてしまっているが、旦那が困るだろうから食べてやる」と恩着せがましく言っている。旦那の方も後の計画があるから下手に出ているが、本当ならこんな男にご馳走なんかやりたくなかったに違いない。

実際の話で最近は旅行会社からよく団体旅行の誘いのダイレクト・メールが来る。亭主もたまには奥さんを旅行に誘おうと思って奥さんに「偶には旅行に連れて行ってやるよ」と言ったら、奥さんは憤然として「連れていて貰う必要はないわ」と言って、自分は友人とさっさと海外旅行に行ってしまったと言う。恩着せがまし話は当節はやらないのだろう。

平成18年4月
posted by ひろば at 07:10| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ
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