2006年07月01日

【064】地口と思い込み(鈴木和雄)

一般に人は物事が自分のために有利になって欲しいという気持がある。人と人の間でも女の人は自分がきれいだと見て貰いたいと思って化粧をしたり、着飾ったりする。また人に金持ちだと思わせたいばかりに宝石を付けたり、大きな車に乗ったりする。これが結果的に自分の力を誇示するようなことになると思っている人達がいる。

この様な状態は人と人の間では相手がどのように感じているかとか、自分の誇らしげに示したものが、皆にどんな反応を与えているかを読み取り,悦に入ったり、失望することになったりすることになるが、こんな思い込みが過ぎてくると無機物に対しても自分の感情を反映して、勝手に自分が良くなるような、優位になるようなことを感じてしまうことがあるようだ。

しかし無機物の方は相手に何の情報も発信していないのに、自分で勝手にそう思い込んでいるのだから失敗してしまうことがよくあるようだ。正月に神社やお寺に行ってお札を貰って来て「家内安全、身体健康、交通安全、学力増進」を得たいと希望を託するのだが、お札はなんの効果もその人にもたらしては呉れない。

やはりお札を戴いたことを契機として自分自身が健康に気をつけたり、食べ物に気をくばたり、道を歩くときは車に気をつけたり、運転するときは充分に注意することが大切で、家内の夫婦、子供達の安全も自ら守っていかなければならないので、お札があるからと言う思い込みは逆に災難をもたらすことにもなりかねない。

噺の中でこの思い込みを感じるのは「紀州」であろう。尾張の殿様が次の将軍を決める日に藩邸から出て江戸城に向かう道すがら,刀鍛治の刀を打つ音を聞いて天下が取れると喜んでいたが、ちょっとした自分の言葉足らずのために紀州の殿様にその地位を取られてしまった。

当時、尾張藩邸は紀州藩邸や井伊の殿様の彦根藩邸と同じような所、今で言う紀尾井町にあったのだから、同じ地区から出てきた紀州の殿様も鍛冶屋のトンテンカンの音は聞いたろうが、吉宗は既に所謂策謀をめぐらし、大奥まで手をまわして自分が将軍となる道はつけてあったので、そんな音は只、刀を打つ音としか聞かなかったのだろう。

下城の時にも尾州候は打ちあがった刀を水に通す音を聞いて、紀州候に将軍の地位をとられたことを納得する。また,露の五郎さんが演じた「きらいきらい坊主」の噺がある。女好きな坊主が檀家の家に居る女中さんが好きになったが,なかなか口説く機会が無い。そこで檀家の家人が留守の時を狙って訪れると女が井戸端で水を汲んでいる。その井戸車の音が「スキスキ」といっていると聞こえたので、女を後ろから抱きしめると、女中はびっくりして井戸車の綱を手放したので井戸車が「キライキライ」と廻り、桶が「ドボンズ」と落ちて行った。

こんな思い込みは現代でもあるようだ。若い噺家さんが噺の枕の中で、「ある中年の奥さんでバレーボールをやっているが、まだ正選手になれない。ある日、車の給油にガソリンスタンドに行ったら、店員に『レギュラーですか』と聞かれ『まだ補欠よ』と応えた。また『ハイオクですか』といわれ『まだ建てたばかりよ』と応えた」と言う話をしていたが、これは多分創作だろうが、中年奥さんの思い込みが表われていて面白かった。

こうゆうのを落語では地口というのだそうだが,明解国語辞典に拠れば「地口とは成句の一部分だけや単語のもじりではなく、成句を構成する全要素を発音の似た単語で置き換える言語遊戯をいい,広義では懸詞やしゃれを指す」と示されている。一方、別の本では地口落ちとは駄洒落で落とす噺と一言で済ませている。

「役に立つ落語」の著者山田敏之氏に拠れば、地口落ちは「同音異義語あるいは類音異義語による面白さに頼るもので一般に余り高くは評価されてないといい、落語研究家の野村無名庵の『地口落ちは余り感心できぬもの』という言葉を紹介している。しかし氏自身は「言葉がなるべく多音節にわたって音韻が類似していて、尚かつ両者の意味が極端にかけ離れているものが上である」と言っている。

噺にはこの地口でオチをつけているものが多々あることは皆さんご存知の通り。「鰍沢」「刀屋」に出て来る「お題目で助かった」とか「三方一両損」の「多かあ 食わねえ たった一膳」、「大工調べ」の「大工は棟梁 仕上げをごろうじろ」、「甲府い」の「甲府いーお参り願ほどき」等々。

その他、「孝行糖」の与太郎が言う「ここーと、ここーと」、「抜け雀」の「父上を駕篭画きにした」等があり、何が同音だったかは落語好きな皆さんはお判りでしょう。
そして新しい噺では若手の噺家の皆さんが頑張って古い噺の中に驚くような語呂合わせをしてくれている。

「強情灸」では菊生さんが「バタン灸」とか「バーべ灸」という表現で、灸をすえられて男が熱がる様を話しているし、「宗論」では昔は親子の議論の中に止めに入った権助が、お前の宗旨は何だと問われ、「俺は仙台生まれだから奥州だ」と応えているが、歌る多さんのオチでは「俺は権助だからオレゴン宗(俺権宗)」と全く新しいセンスで話してくれたのには感心した。
古い噺で「浮世床」で「屁力(兵力)を争う」と言うこととか、十二月を英語で「出銭バー」というのはよく聞く話である。泥棒の噺のまくらで浅草寺に賽銭泥に入った泥棒が雷門で仁王様に捕まり「くせもの」「におうか」とやる掛け合いは語呂がよく効いている。

「大師の杵」で弘法大師が川崎大師堂を建立する由来に付いて語る噺は地口の連続で、娘が大師にほうれん草とか、ご馳走を出したら「そんなもの空海」とか、娘が夜しのんで行ったら寝床には杵があるだけで「思い杵」か「それとも搗いてこい」のなぞかと思い迷う。
娘は最終的に自害してしまい、大師が不憫に思い、お堂を建立してやるが、その話が今もあり、本当かどうか寺の和尚さんに聞いたら「ご本尊は杵ですか」「それは臼」だと言ったと言う。

こうゆう同音異義の言葉をうまく使うのは落語ばかりではなく、普通の人の生活にもある。
昔聞いた話だが、外国人の家へ女中さんに入った人がその家の子供が外に出ると喜んで飛び跳ねて遊ぶので危なくて困るので「Don't be hurry」と言っても通じないので「とんびが跳ねた」といったら通じたとか。

農協の旅行で外国に行った時,入国審査で係官に入国目的を尋ねられたときの答えに「斉藤寝具店です」と応えるように添乗員が教えていると言う。〔sightseeing ten days〕の同音でなるほどと思わせる話だが店の名前や営業名をまちがえると通じないのがオチのようだ。

この他、「掘った芋 いじるな」〔What time is it now?〕言うのもあるそうだ。
日本人はこうゆう同音異義を使うのがうまいのかも知れない。昔、学生だった頃に数字を和文化して憶えたことが思い出される。有名なのが「富士山麓におおむ鳴く」「何と立派な平安京」。

最近、円周率の数字を記憶して世界記録を達成した人が話していたが、その人によると数字そのものを憶えるのではなく、数字を和文に置き換えて物語のようにしてお経のように読んでいくのだといっていた。

英語とか数字を和文に直して覚えるというのは今までも多くの人達が試みているが、何年か前にベートーベンの第九の合唱曲を両国の国技館でやったことがあるが、そのときはあらゆるグループの人達が、一同に会して、オーケストラと共にドイツ語で歌ったが、ドイツ語の読めない人達ー芸者衆や老人会の人達はリーダーがドイツ語を日本語の同音の言葉に直して練習し、あたかもドイツ語を歌っているようにして参加し、見事歌い終えたということだった。これなどは同音異義でなく同音異語で乗り切ったと言うべきか。
私達は電話番号や車のナンバーを憶えるのによく和文化して憶えている。(よいふろー1126)、(いいはなー1187)(にくやさんー2983)、その他、自分の名や知人の名、などを読み解き、忘れないようにしている。こうなると地口ー駄洒落も生活に生きてくる。一概に下らないと一笑に付してしまうには、勿体ないものだ。

しかしこの駄洒落も時と場所と相手がマッチしないと使った時になにやら冷たい雰囲気に囲まれかねないことがある。注意してその場の状況を読み解きながら言葉をつかわなければならないようだ。

さあ、これで一段落ついた、ビデオで落語を聞きながら、缶ビールでも飲むか。先日ある噺家さんが言っていた「落語とビールは生に限る」というのには反するがね。


平成18年7月
posted by ひろば at 07:12| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ
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