2007年04月01日

【073】チップ、心付け(鈴木和雄)

私達が外国へ旅行に行って一番、気に病むのがチップであろう。先ずチップを出すべきか、出さざるべきか、出すとすればサービスを提供してくれた人にどのくらいあげたらいいのか、どのタイミングで出したらよいのか、といろいろ迷うことが屡々ある。

飛行機を降りてターミナルからタクシーに乗る時点で、もうチップのことが心配になる。
ロンドンなどはあの有名な箱型の黒いタクシーに乗れば、先ず荷物を車に載せてくれ、行き先を言うか、番地まで書いたメモを見せれば、後は黙っていても目的場所の家の玄関先までピタリと車を着けてくれ、荷物を降ろして玄関前まで運んでくれる。

こうなるとサービスの行き届いていることに感謝して、チップを出す気になる。普通、タクシー代の一割を払うのが常識だそうだが、このチップのお釣りというのは無いので、外国についたばかりはどうしても多めに払うことになってしまう。

ホテルに着いた場合は降ろされた荷物はボーイさんが来て、荷物を中に運び入れてくれ、フロントでチェック・インするのを待って、部屋が決まるとその部屋まで持ってきてくれる。
私達は先に部屋に上がり、ボーイさんが荷物を持ってノックをして入って来て、荷物を所定のところにおいてくれるが、この時、ボーイさんに運び賃と言うか、チップを払うことになる。相手は貰うものを戴けばサンキュウといって平然と戻って行く。

私達はこのチップと言う慣習にあまり慣れていないから、どうしてもどんな時に出すのかどのくらい出せばいいのか、また、チップが相手にとってどんな意味があるのか判らない。
私達はチップを渡すことによって相手に感謝したり、他の人以上にサービスを得る事を期待する傾向があるのでは無いだろうか。

そもそもチップ(TIP)は英語の「to insure promptness」の頭文字の略字だそうだが、「敏速にやってくれと言う事を保証する」という意味だそうだ。
日本にもチップに相当するような心付け、志(こころざし)、酒手、駄賃、小遣いなどの言葉があるが、「チップものがたり」水野正夫著によるとこれらはチップとは違う意味だと言う。

以前は、チップとは労働を提供してくれた「目下のものに対する施し」と言う意味があったが,段々サービスに対する見返りと言う意味に解釈するようになったそうだ。
しかし最近はサービス提供についてはサービス料というのを法律で定め強制的にとっているところが多くあるが、それでもチップは相変わらず払ってやらねばならない。
チップが最低保証賃金にならない時にサービス料から補填するようになっているところもあるそうだ。チップは今は大体サービスが提供されてから事後に払っているが、チップの語源から見れば物事が自分に早くしかもうまくやってくれるように期待して渡す金だという考え方では、事前に渡すこともあり,日本の酒手、心づけ等と同じ意味になることもありえよう。

外国ではチップは労働報酬の一部と見なされているようで、チップによって生活が支えられている場合が多いと言われる。タクシーでドライバーに荷物を運んでもらったら運賃と別にチップを運賃の一割を払う必要がある。またホテルでボーイさんに荷物を運んで貰ったらそれ相当の小銭を払わなければならない。その金が彼らの生活を支えているからである。

ホテルのドアーマンさえ、入り口でドアーを開け閉めしているだけだが、これも東南アジアの国のホテルで金持ち、または日本人と見れば、車やタクシーが入り口に着くと、サーとよって行き、ただ車から荷物を降ろすだけ、後はボーイが台車に乗せてホテル内に運び入れて行くのだが、その時、ドアーマンは客に対し、チップをよこせと手を出す図々しいのもいた。

レストランに行っても、バーに行っても店を出る時は最後にウエイターや担当の女の子に直接、チップを手渡すか、テーブルの上に置いておかねばならないのは面倒なことである。余り少なければ相手が物足りなそうな目で見るし、と言って多く渡せば後で考えて失敗ったと思うこともある。

噺にもそもそも文無しの男が旅籠に着いてそこの女中に心付けだといってなけなしの小粒一枚を渡している。女中は当時は心づけと言うのは文単位で貰うものとしか知らなかったからその金額に驚いて、早速、宿屋の主人に話をすると、主人は直ぐに挨拶に出て行く。

客の方はこれですっかり空っけつになってしまい、弱ったと思ったが、少しぐらいの長逗留はしても宿賃の請求は来ないだろうし、飯も酒も言いなりに運んでくると呑気なことを考えている。

「三人旅」で客を連れて行った馬子に旅籠の女将が煙草賃を渡しているが、これはチップとはいえないようだ。客を連れて来てくれた全くの御礼である。「たばこの火」では和泉佐野の旦那が駕篭屋や芸者、半玉に至るまで大そうな金を渡しているが、これは前もっての心付けであろう。

「悋気の独楽」や「蛙茶番」では小僧が小遣いを貰って、口封じをされたり、芝居に代役をさせられたりしているが、これも本来の仕事のプラス・アルファではないからチップとは言いかねるのだろう。

駕篭かきが要求する酒手はタクシーのドライバーに渡すチップのように思えるが、後者は荷物を載せてくれたり、運んでくれたりと言うサービスがあるが、前者はただ乗せて目的地へ運んで行っただけで、しかも酒代をくれと強引にせびるところがチップとは言えないのだろう。

日本の旅館に行くと客が直ぐ挨拶に来た仲居さんにチップを出す人がいるが、これは以後のサービスを良くして貰おうと思って期待して出すのであろうが、一方、後で出すのはサービスが良かったかどうかで金額が違うことがあるのだろうか。

外国ではレストランで食事をした後でチップを支払うことになるが、ウエイターに直接手渡す場合とテーブルの上に置いてたつ時とがあるが、小野氏の前書によると、そのテーブルの上に置かれたチップは他の片付け人が来てもそのチップには絶対手を触れないそうである。日本だったら気をきかして片付けて当のウエイターに渡してやると言うことがあるのかも知れない。チップの重みが何やら判るような気がする。

チップを渡すにはどうしても小銭が必要である。大きな額の札でおつりを貰うわけには行かない。何とかして小銭を懐に入れて置かねば、いざと言うときに困る。両替所で細かくして貰うとか、買物をした場合に小銭をなるべく貰うようにするとか此方も努力が要る。

小銭と言えば国外に出ると枕銭というチップが必要になる。この頃は旅行会社の団体旅行でも添乗員が朝,起きたときに何がしかの金を枕の上に置いておくようにと案内しているが、これがどうしても適当な額の小銭を用意しておかないと面倒なことになる。大きな金額の金は置く必要は無いし、さりとて手持ちの小銭は少ないとなると、フロントのところに行ってキャッシャーに両替をしてもらわなければならないし、面倒である。

ベッド・メイキングやシャワー室の掃除、トイレの掃除と日本でもホテルや旅館の当たり前の仕事がおこなわれているのに過ぎないのにチップを置かねばならないのはなにか余分な金を払わされているような気がする。

しかし考えてみると、これらの作業をやってくれる人たちの報酬はこのチップで成り立っているのだそうだ。であるからホテル側は従業員を割り当てるときに一日の最低の収入を確保できるように部屋数を割り当てるのだという。
多ければ多いほどチップは沢山もらえることになるから、いいかと思ったが、余り多すぎると仕事がきつく、体が保たないから、適切な数を割り当てないと長続きしないと言う。これは外国のホテルの人から聞いたことがある。

噺家が拍手よりもご祝儀のほうがありがたいと噺の枕でよく話しているが、本業の方は寄席なり落語会の客の入りに合わせて割りを貰うのであろうから、それにプラスしてのご祝儀はチップとはいえないのだろう。

チップと言うのは相手の心を溶かす薬剤である。かたくなな人の心を何とかして此方の陣営に引き入れ、此方の思いを相手に伝え、こちらの思う通りに障害なく物事を進めるようにする大切な弾丸である。決して無駄に使ってはいけないし,またタイミングよく相手の心に打ち込まなければその効果はあがらない。下手すると反感を持たれる事があり、努力も水泡に帰する恐れがあるから使い方が難しい。心してチップはお使いあれ。

前述の水野氏に拠ればチップは自分を愛することによって、納得いく額が出てくるという。
この愛を自覚することが出来ると相手の人も自分を愛していると思い図られるから、ものの売買の値段とは別に相手が私にやってくれた労働と時間に対して私が感謝を表すのに何がしかの報酬を払うことによって果たされるのではないかと思うと自然にその限度が決まってくるのだという。チップとは何か難しいイデアが要るのだなと思ってしまう。

平成19年4月
posted by ひろば at 07:31| Comment(1) | TrackBack(0) | エッセイ
この記事へのコメント
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Posted by ダンヒル 長財布 at 2013年06月10日 14:51
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