2007年06月01日

【075】猫ばばは何時の時代も(鈴木和雄)

猫は今、家庭の愛玩動物の一つとしていろいろな家で飼われている。その体も犬ほどに大きくなることもなく、顔も可愛いし、人なつこいので皆に愛されて飼われている。しかし、彼らには彼らの習性があり外で糞などをするときは砂や土を前足で掻いで用を足し、終わると後足で土砂を被せて知らん顔をして去って行く。この様子が猫糞(ばば)と言う言葉に表されているが、逆に辞書では「猫ばばとは拾ったものなどを其の儘自分のものとして知らん顔をすること」と言う意味と記されている。

 江戸中世期以前は拾ったものは拾得者のものだったようだ。しかしそれ以後の江戸時代にはうるさくなり、物を拾った場合はお上に届けなければならないことになった。
落語では拾った物の処置について有名なのが「三方一両損」であろう。この場合は猫ばばはなく、正直に拾得者の金太郎は財布に入っていた書付と印形を頼りに大工の吉五郎の家を尋ね、金と共に吉に返しているが、吉のほうが金は受け取らないと言うことで一つの噺が出来ているが「大江戸世相夜話」藤田覚著に依れば、昔は拾得金の五割が拾得者の礼金としてもらえる額だったようだ。とすると書付がどんな内容で重要な物だったか判らないし,印形も値段が知れないから値踏みをすることは出来ないが、金太郎の拾得額は総体で4−5両とすれば3両は半分近くになるから金太郎がそんなに頑なに受け取りを拒否するほどのものでなかったのではあるまいか。最後に奉行の計らいで2両づつで済んだが、奉行所にすれば、賞金を出すより安上がりに済んだのではあるまいか。

現在では拾得者に対する遺失者の謝礼は最高2割と定められているが、江戸初期はそんな厳格な定めはなかったから物を拾って生活する人がいたようだ。「地見屋」という噺に出てくる男は割合家賃なども期日に納めてくれる生活をしているので大家が泥棒でもしているのではないかと男の行動を見ていたら、地面に落ちている金や品物を拾い、奉行所に届けることなく品物は売り払い、金は其の儘使って生活していた。所謂猫ばばで生活していたことになる。当時は一般の人たちは財布はちょいと懐に入れたり、袋物に入れて手で持って歩いたのだろうから落とすことが多かったのだろう。殊に女の人は頭の飾り物などは容易に落ちることもあり、地見屋の稼ぎは安定していたのだろう。

拾得金や物はお上に届けなければならないと言うことだが、前記の本によれば拾得物を得た物は先ず自身番に行って金額や品名を書いた立て札を3日間たて、それでも落とした人が現れないときは奉行所に届けることになっていたようだ。

「芝浜」に出てくる熊さんは女房に尻を叩かれて芝の魚河岸に行ったが、早すぎたので浜辺を歩いていて、財布を拾う。40−50両入っていた。これをもって帰り女房に話し,あと大金が入ったと友達らと飲んで寝てしまったが、その隙に女房は大家に相談し、お上に届ける。そして一年後に落とし主が現れないとあって金が下げわたされる。若しこの届出がなかったらどうしただろう.三木助さんは猫ばばがわかったら打ち首か島流しだと言っているし、志ん生さんは暗いところに入らなければならないと脅している。しかし、実際にはそんな重罰はないそうで、罰金が科される程度だったそうだ。

 猫ばばは拾ったものばかり出ない。落語に出てくるのは忘れ物を取られてしまい、困っているとこれを助けてくれる人がいたり、逆にそのため殺されてしまう人もいる。
「五人政談」では酒屋で酒を飲んでいた久兵衛が娘が身売りして得た50両の包みを店に忘れてしまって、店に戻って番頭に問うと知らないと言う。番頭は50両を自分の懐に入れてしまっていた。しかしこれを見ていた船頭の幸兵衛が身投げをしようとしていた久兵衛を助け、奉行所に訴える。番頭は捕まり、店で無給で10年間働かされることになり、船頭は青差し10貫文を褒美に貰う。

 同じような噺で「正直清兵衛」でやはり娘の身売り金を持って居酒屋で飲んでいるうちに金を落としてしまう。そこの夫婦はこれを拾ったが男が取りに来ても知らないといって渡さない。男は奉行所に訴えるといって帰っていった。居酒屋夫婦は以前にも同じような前科があり、奉行所に訴えられるとそれも露見する恐れがあり男を殺してしまう。後に夫婦に子供が出来るが、男にそっくりな赤ん坊で,その子が成人してこの夫婦を殺すという筋立てである。

 「もう半分」は皆さんご存知のように上記二つと前半は同じような筋だが、半分づつ飲んでいた爺さんが娘に合わせる顔がないといって身投げしてしまうが、夫婦に生まれた赤ん坊が行灯の油を舐め、しかももう半分とおわんを差し出す幽霊話になっている。

 一方、猫ばばしても無事店を開くことが出来た男もいる。「花見心中」では上方から来た善次郎は江戸の呉服屋を頼って一旗上げようと来たが仕事がうまく行かず、死のうと向島の桜の木に登り用意をしていたら、その木の下に若い男女が来て心中しようと話している。
100両の金を持っており死後の処置のため置いていこうといっている。そして刀を抜いたので善次郎はびっくりして木の枝から二人の上に落ちてしまった。二人は驚いて逃げてしまった。善次郎はこの金を届けることなく、それを元手にして呉服屋を出し、成功する。

 「へっつい幽霊」では熊さんが貰ってきたへっついに300両の金が塗りこめられており、これが角をぶっつけた時に出てきたので手伝いの若旦那と山分けしてしまった。届出をすることなく酒と博打に使ってしまい、埋め込んだ本人の幽霊が出てきて金返せと言うことになる。
「幽霊長屋」の場合は建具職人の男が大家の世話で嫁を貰う準備にと長屋を世話してもらったが、その家の床下に前に住んでいた女が貯め込んだ100両の金が埋めてあり、その金で回向をしてくれと言う。男はその金を掘り出だして寺に行って石塔を建ててやる。心配した大家がこの件を奉行所に届け出ると、奉行所は回向の残金を下げ渡してくれ、今後も女の回向を続けるように言う。この場合は猫ばばはなくよかった。

 奉行所に厳重に処分されているのもある。「帯久」では借りた金を返しに行った帯久が貸主の和泉屋がうかつにした隙に金を持ち帰って、商売に使ってしまい繁盛するようになる。
この件を境に和泉屋は不幸が続き、果ては帯久の家に放火をしようとして見つかり、奉行所に訴えられるが、取調べの中で帯久の猫ばばが判り、厳重に処分される。

 猫ばばをしようと仕掛ける噺もある。旅籠の「茗荷屋」は泊まった飛脚が100両の金を預けたので、これを猫ばばしようと殺そうとするが、女房の発案で茗荷を食べさせれば明日の朝、旅立つ時に金を持たずに出るであろうと言う。果たして飛脚は朝、忘れ物をして出て行くが、戻ってきて、旅籠代を払うのを忘れたと言う。

 「稲荷車」は金を得た人が勘違いをして使ってしまう噺だが猫ばばの意識があったかどうか判らない.無尽に当たった男が、夜、人力車に乗ったが、王子稲荷のお使いの狐だと言って車をただ乗りしてしまう。男は車を降りるときに金の包みを忘れてしまった。車夫はお稲荷様の授け物だと思い、長屋の連中と大判振る舞いをしてしまった。男は暫くして戻ってきて金の件を聞こうとしたら、神様のご入来だといって歓迎されてしまう。

 拾ったものを自分のものにしてしまうのは、江戸時代になって「御定書百箇条」が出てうるさくなり、猫ばばをした者は科料を科され、犯罪を犯さないように社会的にいさめられてきたし、精神的には幽霊話などで報復されると脅かして猫ばばをしないように諌めてきた。金や物を落とすのは幾分本人にも落度があるが、現代は本人に何の非もないのにいきなり電話などでおれおれ詐欺を仕掛けられ、大金を猫ばばされることがある。大変な世の中になったものである。お互い様充分気をつけようではありませんか。

平成19年6月
posted by ひろば at 07:32| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ
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