2007年10月01日

【078】噺に出てくる酒の肴(鈴木和雄)

円生さんがよく噺の枕で言っていた。男の楽しみは「飲む、打つ、買う」の三道楽で女の楽しみは「芋、蛸,なんきん」だと話していた。 殊に飲むはその最も男の嵌りやすく、抜けがたい楽しみである。体質的に受け付けない人を除いて、男は貧富の差がなく酒を愛するし、愛されてとことんまで行くことになる人もいる。

噺はそんな連中の形態を描いて、笑いと共に反省を促しているようにも思えるが、なかなか反省しない人の方が多い。
酒と酒飲みを取り上げた噺は落語の中に多数ある。大体が皆、酒が好きな人の噺で、それで成功したり、失敗したりして笑いを起こしている。

この酒好きな人でも、本当に好きな人と、適当に酒を嗜む人に分けられよう。本当に好きな人は酒だけを愛し、飲む時は酒以外のものを口に入れる事を好まない。「試し酒」の久蔵さんは何も食べないで、酒だけをぐんぐん飲んでいるし、「按摩の炬燵」の米市さんも番頭の何か肴をというのを「何も要りません」とひたすら酒だけを飲んでいる。

しかし、一般的には身体の事を考えれば、適当に飲み、適切に食べることが健康的な飲み方である。 そこで志ん朝さんは「酢豆腐」の中で「酒を飲むときに肴は要らないと言うが嘘だ。目の前に何かないと、心元なく淋しいし、頼りない」と言っている。 そして一座の連中に肴の希望を取っている。 

それで誰かが「刺身がいい。酒に合い、おまんまに合う。中トロを山葵を利かして食べるとうまい。暑い時に言いし、寒い時もよく、四季に合う」と言うと、それは金持の台詞だと反対が出て、では,糠味噌漬の古漬けを水に泳がせて,生姜を加え,覚弥(かくや)の香香にするといいと言う意見が出て、誰がこれを出すかで一悶着となる。

「味噌蔵」でも旦那のいないときに番頭が店の者に栄養をつけてやろうと酒と共に肴の希望を取っている。 ここでは皆夫々、勝手な事を言っており、噺家さんによって多少の違いはあるが、刺身―中トロ、酢の物,鯛の塩焼,魚の照焼、卵焼、寿司,天麩羅、うな丼,さつま芋、木の芽田楽といろいろな肴の希望が述べられている。

百科事典によると「肴」と言う言葉は古くからあったという。 「酒のな」というのが一字で表されたそうで「な」とは副菜を意味していたそうである。江戸時代には各種のものが肴にされたそうであるが、一般の庶民は割合、質素なものが肴とされたそうである。

「寄合酒」では酒はあるが肴が無いので、飲み友達が手分けして持ち寄ることとなった。乾物屋の子供を使って鰹節を持って来させたり、店の亭主の油断している隙に数の子を持って来たり、味噌田楽を取り寄せたりしている。

金馬さんの「居酒屋」では小僧が肴をとる事を薦め、「口上」を読み上げている。 「つゆはしら鱈昆布,鮟鱇のようなもの,鰤にお芋に酢だこ」、「どぜう汁」もあるという。当時の酒飲みの好きなものが並んでいる。 しかし、庶民は皆、肴に金をかけることは好まない。金馬さんは噺の枕で「波の花か味噌を一寸つまんで飲むのも酒の好きな人の肴だったと話している。

「一人酒盛」で若い男が、冷酒の銚子十本を並べ、味噌でこれを飲んでいったと言っているし、「中村仲蔵」で雨に降り込められた浪人がそば屋に入り、塩を一つまみで酒をぐっと空けて行ったと話している。

また、上方では枝雀さんが「上燗屋」で話していたように酔っ払いが屋台でこぼれた豆を食べたり、鰯のからまむしの下の敷物であるおからを食べ、また付き物の紅生姜をかじったり,鰊のつけ焼きを一旦、口にするが、固いと言って戻したりしている。いかにも上方のけちな酔っ払いの生態をとらまえて話し、笑いを得ている。

同じ上方噺でも「煮売屋」では枝雀さんは、店で出す肴のメニュウを口上として壁に貼ってあると言っており、このあたりは「居酒屋」と同じだが、あまり詳細には肴の品名は話しておらず、ただどぜう汁と鯨汁の事を話しているだけだが、一方、文枝さんは、割合、詳細で「あかえ汁、鯨汁.どぜう汁、小芋、数の子、鰊,ごぼう、生節、高野豆腐」などの肴をあげている。

酒は大勢で飲むのも楽しいが、小人数でしっとり飲むのも良い。
小さんさんの「青菜」では植木屋の仕事を見ていた旦那が縁先で植木屋に一杯を勧めた時の
酒の肴が「鯉のあらい」で、後から青菜を注文したがこれはなかった。 植木屋が家に帰り、友人を相手に真似をしようとしたときは肴は鰯の塩焼きだった。

「紙入れ」でおかみさんが今晩、亭主が帰らないのを幸いに貸本屋の新吉に出してやった肴は鰻と玉子の蒸し物で精力の付くものだった。「鰻の幇間」では鰻屋に入ったはいいが、たかった筈の相手の旦那は便所を口実に途中で逃げてしまい、幇間は一人で飲んでいるが、最後は酒ばかりか、肴の鰻や胡瓜,奈良漬、大根漬にも文句を言っている。

文句を言うといえば「五人廻し」で廓の一室で女を待つ男が「鮨を誂えたが、笹の葉の方が多く,鮪は一つしかない」と若衆に文句を言っている。「素人鰻」では鰻をさばく職人が居なくなり客が来ても鰻を捕まえることが出来ず、胡瓜をつなぎに出すのみ。ここは鰻屋なのか、八百屋なのかと文句を言っている。

「胴乱の幸助」では喧嘩の仲裁が好きな幸助が町中で相対喧嘩をしていた二人の男を小料理屋に連れて行き仲裁をして終わって酒と肴を出してやるが、肴は小鉢のものだけだった。男たちから不満が出て、致し方なく卵焼きを土産に持たせることになる。

「長屋の花見」の大家さんは住人を花見に誘って酒と肴を持っていったが、酒も肴も本物でなく、お茶けと蒲鉾風の大根漬と卵焼き風の沢庵だった。住人は不平だらだら。
酒は一人で飲むのは淋しいものだ。「一人酒盛」の熊五郎はそのため留吉を呼んで飲み始めるが、留さんに燗をさせたり、刺身をとらせたり、糠味噌の古漬を出させたりするばかりで、留さんに飲む間を与えない。 熊五郎は友達を肴に飲んだことになる。

「厩火事」のおさきの亭主は明るい内から刺身を肴に酒をやっており、仲人の旦那はこれが気にいらない。全く髪結の亭主を地でいっている。 「つるつる」でも幇間の一八は仕事が終って風呂上りに一杯飲むため酒屋の小僧に酒を頼むが、ついでに魚屋に寄って刺身を持ってきてくれるように言付けを頼んでいる。

酒の肴には刺身は上等な肴だがもっとさっぱりしたものがいいという連中には湯豆腐がいい。前夜の廓の台の物(仕出料理)でたっぷり食べた腹には、翌朝の迎酒に合うのは湯豆腐だったようだ。 「付き馬」の男も廓の若い衆を連れて朝の飯屋で湯豆腐を頼んでいるし、「居残り左平次」も朝の勘定を取りに来た若い衆に冷酒と共に湯豆腐とか,牡蠣豆腐、鰻の中串、卵焼きを注文し、夕方には中トロの刺身がいいと頼んでいる。

「家見舞」に便壺の古いのを持って祝いに来た二人の男は兄貴分の家で酒をご馳走になり、ここでは冷奴を肴に出されている。 「ちりとてちん」お客が急に来られなくなり、せっかく誂えた料理も食べ切れらくなくなり、出入りのお世辞のいい男に食べてもらう。灘の生一本に鯛の刺身と鰻の蒲焼を美味しがって食べて呉れるが、豆腐が食べたいと旦那が女中を呼ぶと持ってきたものは数日前の豆腐でこれから喜劇が始まる。

金持ちの連中の酒の肴は貧乏人のそれと格段に異なる。「愛宕山」、「鶴満寺」では旦那が前の晩にお茶屋に注文し、用意させた弁当を幇間にもたせて、酒の肴として山遊びや花見にでかけている。

「なめる」では腫れ物を病むお嬢さんのお付の年増の計画に引かかって芝居小屋から家までついて来た鼻下の長いなめ野郎にご馳走するものは酒と芝居小屋から持って帰った弁当のお煮しめを出している。結構豪華なもので野郎は喜んでいる。

また、芝居小屋で摂る酒肴には鍋物があり、休み時間に運び込まれる鍋には時には飛んでもないものが入っている「鍋草履」。 「ふぐ鍋」は結構な酒の肴だ。昔は調理人によっては命を落としかねない食べものであり、噺の中でもおこもさんに食べさせて試みようとしたが、逆に試されている。

「らくだ」の馬さんは、素人が調理して大失敗。命を落としてしまうが、兄貴分の男がこれの始末に来てくれて、大家にいい酒と煮しめを持って来いと屑屋を介して注文している。
煮たものといえば「包丁」では女房を追い出そうと図る男が友人に酒を持たせて、家の戸棚がある場所を教え、そこに肴となる佃煮がある、また、台所の揚げ板の下に胡瓜の漬かり加減のいいのがあると教え、女房とからむように頼んでいる。

「芝浜」では棒手振りの勝五郎がはぜの佃煮を肴にして飲む。 「替り目」ではさんざ飲んできた亭主が家でまだ飲み足りない気分でかみさんにねだって、酒を出させるが、肴がない。朝の食べ残しの焼き海苔、納豆,新香,鰹の塩辛と言うが,かみさんは皆、食べてしまってないからおでんを取ろうということになる。

「紋三郎稲荷」では一日遅れで参勤交替の列を追いかける笠間の侍が、途中、松戸で酒食を取るが鯉こくと鯰の煮付けを酒の肴としている。「王子の狐」は狐に会った男が、娘姿をした狐と王子の料理屋に上がり、狐には天麩羅、自分は刺身を取って酒の肴とし帰りに土産として口取り〈きんとん、蒲鉾,寄物〉、卵焼きを頼んでいる。

「棒鱈」では江戸っ子二人が料理屋で飲んでいると隣の部屋で田舎侍が注文しているものを聞けば「えぼえぼ坊主の酢っぱ漬け〈蛸の三杯酢〉」、と「赤べろべろの醤油漬け(鮪の刺身)」だった。

料理人まで用意して素人義太夫を聞かせようとする「寝床」の旦那の気持を知ってか、知らずか、義太夫が始まったら、店子も店の者も、酒を飲み、料理を食べて照焼が「うまい」など言う一方、酒の飲めない人にも甘味があるなどといっていたが、お腹が一杯になればごろごろと魚河岸に鮪が付いたような状態になり,旦那はかんかんに怒る。

妹が奉公に上がっている赤井御門之守の屋敷に男の子出生の祝いに呼ばれた八五郎にササを食べるかと出された膳部は八五郎が見たこともない豪華なもので何処から手をつけたらよいか判らない。美人の腰元に酒をつがれて一杯やって、やっと気も落ち着き、いつもの状態に戻り、殿様と話が出来るようになった。 噺に出てくる肴はこれが最高だろう。

「酢豆腐」では「酒の肴は刺身が一番だ。 金がなくとも俺は刺身を食う」などと言っているが、所詮、金がなければ食べたくとも食べられない。芝居見物や山遊び、花見なんかでは豪華な弁当を持ていく金持ちもいたようであるが、一般庶民はやはり、刺身、鯉こく、鯉のあらい程度か。初鰹の出る頃になると「女房を質においても食べる」と言う人もいたようだが、当時一尾3両もしたと言うから長屋の住人には到底、手の届かない酒の肴だったろう。

それでも佃煮,旨煮、田楽などでも、酒の肴としては上等な方で酒も美味しく飲めたに違いない。金が無ければ酒も飲めないが、それでも何とか工夫して酒を確保して飲むことが出来れば肴はやはり定番で新香ということになったのであろう。

世の中にはいつも格差がある。今でも世界の三大珍味と言われるトリフ、キャビア、フォアグラをオードブルとしてブランデイやシャンパンを傾ける連中もいるし、我々のようにかきの種、海老せん、ピーナッツでビール、焼酎が飲めることを最大の楽しみとする輩もいるのである。

平成19年10月
posted by ひろば at 07:43| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ
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