2008年10月01日

【090】江戸から京、大阪と伊勢の旅(鈴木和雄)

古典落語で旅を扱った噺には「三人旅」「二人旅」「御神酒徳利」「死神」「小間物屋政談」「七度狐」があるが、これらの噺は夫々、部分的に旅の話として取り上げられているものであるが、総体的に見れば、江戸から京都、大阪に行く噺、及び伊勢詣りに行く噺の一部であったりする。

今でこそ、新幹線に乗って3時間弱、飛行機で2時間弱で着く、江戸―京都の距離は126里6町(494km)で、東海道を利用しての旅は往復30日あまり掛かり、いかほどの費用が掛かったのだろうか。
今なら、朝早く家を出て、大阪で仕事をして、夜遅く帰る積りなら、その日のうちに家に帰りつくことが出来る日帰り旅行となるが、費用は新幹線利用で往復3万円弱、飛行機でもそんなに大差はない。宿泊の必要はないからホテル代はないが、昼食代や夕方の列車や飛行機に乗るまでの一時を相手先の人と懇談をしても、精々1万―2万ぐらいか、総じて10万円以内で収まってしまうであろう。

所が昔は江戸―京都は片道15日で歩いたという。 早足の人で一日15里、普通の人で12里歩いたそうである。朝早く旅籠を出て、約10時間歩いて、夕方4時頃には行き先の旅籠に着くようにしなければならなかった。

どのくらい宿場から次の宿場まで歩いたのか、宿代はどのくらいだったのか資料を探していたら、偶々、佐倉市の国立歴史民俗博物館で行なっていた「江戸から京、伊勢の旅」の企画展示があり、
そこで、昔の人が歩いた足跡を見る事ができたので記してみたい。

 
江戸から京へ  (総距離 126里6町 〈494km〉)
日数宿 場費 用うち宿泊料移動距離km
第一日川 崎246文115文4里18町18km
第二日江ノ島214文40文10里18町42km
第三日小田原164文-8里23町35km
第四日小田原291文153文(二日分)雨で出かけられず
第五日三 嶋246文80文8里32km
第六日蒲 原161文80文7里30町31km
第七日丸 子375文71文8里19町34km
第八日日 坂330文77文8里22町24km
第九日舞 坂317文88文12里28町51km
第十日御 油313文66文8里29町35km
第十一日知鯉鮒262文77文7里22町31km
第十二日名古屋177文73文4里12町17km
第十三日桑 名369文48文10里6町41km
第十四日251文80文10里13町41km
第十五日石 部157文72文6里23町28km
第十六日大 津-51文3里12km
第十七日京 都----
3873文1171文122里+x 482km+x
(1 里=36町)

 
江戸から伊勢参り  (総距離114里〈456km〉)
日数宿 場費 用うち宿泊料移動距離km
第一日川 崎1朱692文248文4里18町18km
第二日藤 沢310文248文8里32km
第三日飯 泉504文232文7里18町30km
第四日箱 根1分66文280文4里35町18km
第五日三 嶋1貫274文248文3里28町15km
第六日由 比868文248文10里16町42km
第七日府 中348文248文6里3町24km
第八日藤 枝248文248文5里6町21km
第九日掛 川219文-6里25町27km
第十日秋葉山364文248文11里44km
第十一日山束村940文224文--
第十二日三ケ日400文216文--
第十三日赤 坂391文300文7里20町30km
第十四日知鯉鮒332文232文8里9町34km
第十五日甚目寺300文200文8里32km
第十六日桑 名523文232文7里7町29km
第十七日上 野232文232文4里16km
第十八日松 阪148文-4里18町18km
第十九日伊 勢----
9409文3884文107里+x400km+x
 

博物館の展示資料では「江戸から京」のコースでは大阪までの距離、費用が出ていないが、別の資料によると、京都から大阪までは噺に出てくる三十石船によって京から大阪に下ってくることが普通でこの乗船料が下りは川の流れに乗ってくるので72文と安いが、反対に大阪から京に上るときは流れに逆らっていかねばならず、途中、棹をさしたり、綱で引っ張ったりして上って行かねばならない所が9箇所もあり、船頭の苦労は大変だったようだ。そのため上りの料金は172文と下りの倍以上を払わねばならなかったという。

円生さんの「三十石船」では何やらのんびりした大阪―京都間の夜の船旅を想像していたが、一寸違った感じを抱いたのである。 「江戸の旅」今野信雄著では三十石船は400文と書かれているが、これは、或いは船玉様に捧げるといっている酒代が入っているのかも知れない。但し、幕末には規定の料金の数倍になったという。

上記の表では費用の内訳がないので何に使っているかよく判らないが、二つのコースとも川や海を渡らなければならない時はその費用を払っているのであろう。東海道では大体、川には橋が架かっているところがあるが、そうでない所、大井川や安倍川では幕府の戦略上、橋をかけてなかったので、どうしても、川越人足の肩に頼らなければならなかった。

これが、川の水が少ない時から、人足の肩近くまでの水嵩によって値段が大きく違い、38文から94文までの差があった。ましてや雨が降り、川が渡れないときは近くの旅籠で水の引くのを待たねばならず、その費用も大変だったという。

また、橋のないところは渡し舟を使うが、江戸からは六郷川、馬入川、富士川、天竜川、浜名湖の今切りの渡し、熱田―桑名間の七里の渡し等があり、料金とともに酒手を払わされるので費用は益々かさむ。  しかも、一寸、本街道から離れた所では橋料を取るところもあり、寄道もままならない。

当時の旅籠は上、中、下に分れ、上は250文から300文、中は150文から170文、下は100文から130文と料金が決められていたという。素泊まりは1泊50文から60文であるが、薪代は別に払う必要があった。 こう見ると上記表の江戸―京の宿賃は少ないようだ。大体が50文から80文の間にあり、そんなに安いところを見つけて泊まっていたのであろうか。 一方、江戸から伊勢のコースは大体が248文前後であり、順当なところだろう。

長い道中を歩くには草鞋が1日に1−2足要る。 1足が16文だから往復30日として 16x30=480文。 昼飯を摂る必要がある時は茶店によって10文―80文を払って何か腹の足しになるものを摂らなければならない。 しかし、旅籠を出る時は旅籠で握り飯等の弁当を持たせてくれるので茶店では茶を飲む程度(茶一杯1文)であまり大きな支出にはならない。

また、道中で馬に乗ったりすることもあったが、草臥れたから馬に乗るというのでは、馬方に足元を見られるというので、旅の指南書に朝の元気なうちに馬に乗れば安く乗れるということもあり、道中の3分の1を乗って約1貫500文ぐらいだったという。といっても1500文x17円として15500円になる。

昔は一人の人が京、大阪に行ったり、伊勢詣りに行くというのは、仕事の場合を除いて、一生に一回ぐらいだというから、京、大阪に来た人は上方を巡り歩き、寺社や観光地を訪れていたが、伊勢詣りに来た人は奈良、京と足を伸ばし、四国に渡り、金比羅さんにまで行っている連中もいたそうだ

こうなると、旅には4−5両掛かったようだが、純粋に京、大阪に来た人は、交通費と旅籠代、食事代ぐらいで1両を少し上回る程度で済んだようだ。 となると今の日帰りの費用とそんなに変らない。
ところが伊勢詣りの場合は講を代表して行く場合が多く、そうなると餞別金を貰って来たり、江戸の外れの宿場まで見送りに来てもらったり、伊勢神宮への初穂料を預かって来ているので、土産にお札や名産品を持って帰らねばならず、その費用も大変だったという。

初穂料は大きな講を代表して来た場合、大神楽をあげると30−36両、標準的な中神楽の時で15両、小神楽で10両以下の6−8両ぐらい掛かったそうだ。 これは大変な費用だ。講中の皆さんから預かって来た金だが、家内安全、商売繁盛を願うにも大きなお金が要ったのだろう。
個人で来た場合でも、伊勢神宮へのお供金3分,参詣料300文を要した。

こんなに大金を出したためか、神宮の御師(お し)の宿へ泊まると大層なご馳走が出て来て、講の連中は満足したようだが、 一般の宿場の旅籠では何処でも皆、食事に大差はなく200文ぐらいの旅籠では下記の料理だったようである。

・由比の宿では
<夕食> 飯、汁、おかずに魚のすり身、芋、人参、昆布、牛蒡の煮付け、生節
<朝食> 飯、汁、八杯豆腐、海海苔、塩ぶり、昆布、焼き物は塩さば

・三嶋では
<夕食> 飯、汁、芋、人参、昆布の煮付け、すり身,干大根、菓子碗に海老、青海苔、焼き物は小鯛
<朝食> 飯,汁、八杯豆腐、蒲鉾、板海苔、黒豆、氷豆腐、麩
 
・保土ヶ谷では
<夕食> 飯、汁、干大根、すり身、芋、人参の煮付け、焼き物ます
<朝食> 飯、汁、干大根、芋、湯豆腐、人参

旅に出れば歩き疲れと道中の気疲れから開放されるべく、晩酌が要るもので、これで熟睡をして明日の元気の基としなければならない。その為、酒の普通で一合、20文、上等で30文の酒を飲んでおくことも必要だったのだろう。

中村仲蔵が伊勢詣りに行く時にたてた計画の一日当りの費用が1朱だったそうである。1朱は約375文であるから、上記の表の費用とそんなにかけ離れていない。
一方、江戸の豪商のお上さんは同じ伊勢詣りに一ケ月で千両かけて旅をしたそうで、どんな形で旅をしたのか、何処まで足を伸ばしたのか判らないが、幕府の贅沢禁止のご法度にかかり、きつい咎めを受けたという。

この千両と言う額は噺の「富久」などで、割合安く印象付けられているが、昔は幕府の三千石取りの御家人が家族、使用人を含めて一年間暮らせた金額だそうである。幕府が目を光らせるのもわかる。

旅は人々の日常の生活から開放してくれる行事である。毎日の生活から異る世界にいざなってくれるものだ。普通では経験したことのない景色や人々の動きに、驚いたり、呆れたり、同情したり、逆に自分の生活の惨めさを感じたり、優越感を持ったりする機会も与えてくれる。

ある時、お隣の国にツアーで行った時、ご夫婦で参加した奥さんが、毎日、ご飯つくりに追われているが、旅に出ると、毎食、上げ膳、据え膳で、テーブルの前に坐れば食事が出てくるのは、とても楽しい、だから、時々は旅行に出て見たいのだと言っていたが、これはあの奥さんの本音だったのだろう。 どんなに苦労しても、男も女も時には旅に出るのは、心のリフレッシュに最高の自分へのプレゼントなのではあるまいか。


平成20年10月

posted by ひろば at 08:25| Comment(0) | TrackBack(2) | エッセイ
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