2010年01月06日

【103】噺家はどうして扇子を持つのか(鈴木和雄)

 寄席や落語会に行くと、出演する噺家は必ず扇子を持って高座に出てくる。これは夏でも冬でも同じである。 しかも夏は暑いから扇ぐために持ってくるのかと思うと、出演者の人たちは殆ど、自分で扇ぐことはない。稀にひょうきんを装ってバタバタとやる人も居るが、何時までも扇子を風として送っている噺家は居ない。

 ではどうして彼らは扇子を持って出てくるのであろう。それは皆さん、ご存知の通り、扇子や手拭は噺の小道具として使うためだからである。 手拭は夏は必需品である。 今の寄席や大きな会場での落語会は空調が効いていて、そんなに汗をかくことはないが、空調設備のない施設の時は急いで高座に上がって来た時は、どうしても汗をかいてしまい、自他共に見苦しい顔になってしまっては、客の期待を裏切る事になるから、汗ぐらいは一拭きしないといけないことになる。

 この点、先代の文楽師匠は手拭の代わりにハンカチを使ったと、言われるが、これにはまた別な話があり後述する。

 手拭は小道具としての利用範囲は少ない。胸元にしまっている手拭を出してきて、本を読むときの仕草にしたり、金を払うときの財布の形にしたり、煙草入れに模したりしている。今は余り踊りを高座で見せることは少なくなったが、その用な場合に、頭に巻く鉢巻にしたり、女形をやる時の手拭を姉さんかぶりにしたりと、いろいろある。

 しかし、扇子は小道具としての利用の範囲は格段に広い。一番知られているのが、「時蕎麦」に出てくる、箸として使う仕草である。 書を書くときの筆、絵を描く時の絵筆、扇子そのものを扇いて暑い盛りの表現用、煙管、「試し酒」の大盃、酒を注ぐお銚子、「たがや」に出てくる槍と陣笠、「百年目」のお面、釣竿、玄翁、金槌、大刀、小刀などがある。

 その他、「道灌」で娘が差し出す山吹の枝をのせたお盆、半鐘を叩く木槌、天秤棒、六尺棒、火箸、舟の竿と艪、杖、「蒟蒻問答」で和尚に成りすます親分が頭に被るもうす(帽子)等々いろいろなものを表現しているが、なかでも私が一番素敵な表現法だと思っているのが、「宮戸川」「六尺棒」「味噌蔵」で使われているもので、夜遅く、他所から帰ってきて自分の家の戸を叩く仕草である。

 噺家は自分の利き手で扇子を持ち、反対の手で戸を叩く仕草をして、口では「おとっあん」「おかさん」「番頭」「定吉」と戸を空けてくれる人の名を呼んでは居る。 そして、扇子を真っ直ぐにして戸を叩く仕草にあわせて床を叩くという立体的な構成で、話を進めているところが大変面白く感じている。

 どうして、噺家が扇子を持って高座に上がって来るのかについて、矢野誠一氏が「古典落語」駸駸堂刊の中で次のように解説している。「和服が誰もが着ている普段着であった時代には、手拭も扇子も日本人が必ず、懐に持っていたものであり、人前で芸をする落語家の僅かにその芸を助ける小道具が手拭と扇子であった。その為、この両者を持って高座に上がってきたのである」と述べておられる。

 なるほど、今でも結婚式の時など、和装でやる場合は、羽織、袴で必ず、扇子を持たされて記念写真に写っている。昔の人は人間のハレの日(お祭や祝い事のある日)には必ず扇子を持たされたそうである。 生まれてからのお七夜、七五三の祝いの日、元服、結婚、還暦、喜寿、米寿等の日には扇子を贈られたりしている。

 これは、昔の人の貴族志向、エリート志向が本人の意向に関係なく、親が生活の向上を願って、形だけでもと、扇子を持つ事を願ったのではないだろうか。
そもそも扇子は日本で考えられたものだと言われる。

 八世紀に日本の貴族とか僧侶、神職にある人達は仕事で必要な事項を記録するため、木簡に書き付けた。この木簡は長さ30cm,巾1.5mm―2mm,厚さ1.0―1.5mmの檜の薄い木簡で、これにノート代わりに文字を書いて報告や通知のメモとして記入していたと言われる。

 この為、数枚の木簡を持ち歩き、一端に穴をあけ、紐で留め、順次書いたり、見たりすることが出来るようになっていた。彼らは夏などの暑い時期にはそれこそ木簡を扇状に広げ、紐で縛ってある端を要として持ち、手首を中心にして上下することにより、風を送ることが出来た。丁度、私達が小学生の頃、暑くなるとノートの下敷きで扇いだように、木簡を使って暑さを凌いだのであろう。

 そして、少し経つと要と反対側の木簡の端を紐で結び、木簡の先が半円形に広がるようにすることにより、扇子としての原型が生まれたのであろう。更に時が経ると木簡に替り、薄い檜の板を結び合わせる事により、板面の上に絵を描いたり、装飾を施したりすることにより、きれいな扇面が表れ、「檜扇(ひおうぎ)」と言う型が出てきた。

 この頃には檜扇が賜り物となったり、贈り物となって扇子の価値が上がってきた。

 九世紀にになると、この扇子の骨に当たる部分が薄く細い竹や木で作られるようになり、更に内側を紙で張ることにより、より好い扇面の絵が画かれるようになった。これを紙を張った「かみはり」の扇子から「かわほり扇」と名付けられ、扇子としての風量も増したし、芸術的な絵が描かれるようになり、扇子としての価値が益々上がった。

 鎌倉時代に日本の扇子が中国に渡って行く様になったが、室町時代になると、今度は逆にこの扇子が日本に伝わってきて、唐扇と言われたが、これは日本から行った時は紙が一枚張ってあるだけだったが、唐扇は内側も外側も紙が張られていたものであって、内側は絵や装飾があったが、外側はメモ代わりに使える様になっていた。

 この頃になると、鎌倉時代まで貴族や僧侶、神職者しか使えなかった扇子が、庶民にも使用が許されるようになったという。平安時代から貴族の間では扇子は茶道や能、舞などに必要な装飾品として使われていたが、庶民にも使用が認められることにより、演劇、茶道にも巾広く用いられるようになり、益々、扇子の需要は高まった。

 茶道の世界では扇子を自分の前に置くことで、相手に敬意を表すこととか、能の世界では扇子を自分の前に置くことで自分の周りに結界を張り、本来、自分はそこに存在していない事を表すなどの使い方があったという。

 噺家もそうゆう意味では高座に上がる時は、扇子を持ち、座布団に坐った時は自分の前に扇子を置いて、客に挨拶をすることで敬意を表しているのである。 円歌師が「芸人今昔」の話の中で、昔は噺家連中は学歴や学問もなく、高座に上がって、学問のある客に対して高いところから、噺をするが、この為、扇子を自分の前に置いて演者と客の間に境を作り、失礼ながら個々の芸人が皆さん方、知識のあるお客に噺をすることを、お許しくださいと言っているのだと話していた。

 ところがこの扇子、小道具としてばかりに使うものでないようだ。昔に返って檜扇がノート代わりに使われたように扇子の扇面に噺の難しい名前や憶えにくい事柄を書き記して、カンニングをすることもあったという。あの先代の文楽師でも扇子にこそ書かなかったが、師は「富久」に出てくる芝の旦那の火事見舞いに行ったが、鎮火してから、近所から来る見舞いの人の名前を記録する時にその名前をハンカチに書いておき、扇子を筆にし、帳面に見立てたハンカチに記したあった名前を読みあげていたそうである。

 噺の中でも「初天神」「金の大黒」「羽織の遊び」等、一人前の大人が外出したり、祝いのために訪問したりする時には羽織、袴を着けなけらばならなかった。しかし、そんなに簡単に貧乏人が羽織等を持っていることも出来ず、結局は大家さんに借りたり、近所の友達が持っているものを借りたりして、外出している。

 「八五郎出世」の八五郎も大家から借りた羽織、袴を着け、白足袋、草履を履き、扇子を持って妹がいる赤井御門守の屋敷を尋ねているが、この服装で行ったから門番に認められ、入門できたが、八五郎が、いつもの恰好で行ったら簡単に門前払いを食わされたいたであろう。

 この様に、庶民と言えども、この頃には何とかして羽織、袴等を手に入れて、出かけたのである。ましてや、武士は通常は外出の時は大小を腰につけて、町中を闊歩したのであろうが、彼らにとっても大刀、小刀を持って入ることが出来なかった場所があった。 芝居小屋などはそうゆうところで、武士は鉄扇といって、扇子の骨を鉄で作り、それに紙を張ったものでこれを持ち歩いたが、これは扇ぐのは二の次、自分の身の防護用の武具でもあったようだ。

 後になると扇げない扇子を閉じたままの型の鉄扇が出来、まさしく武具となり、更に進むと、この閉じられた扇子の中味が空洞になり、個々に密書などを忍ばせておけば、矢鱈に探索されずに運ぶことが出来、一種の運搬手段にもなったようだ。 こうなると、四季に関係なく扇の形をしたものを、持ち歩くことになったようだ。

 町人はこんな物騒なものを持つことを真似た訳でなかろうが、何かの祝いや、儀式の時は羽織に扇子、手拭は当たり前になっていたのであろうか。扇子と手拭は噺家にとっては大事な小道具である。前述の矢野氏は「この小道具を巧みに使いこなす落語と言う芸の見事な表現力には舌を巻く思いであった。 普段、見慣れた道具に意味を持たせることが出来たのも、長い間の落語家の知恵と工夫に違いなく、こうゆう歴史の積み重ねが、芸に厚みを添えているのである」と述べられている。小道具を本物に擬しているものに見える時、客はその芸に感心し、思わず拍手が起こるのであろう。
posted by ひろば at 06:43| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ
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